第三百四十三夜

 

二日ぶりに食料を買いに出掛けるついでに、鈍った身体を動かそうと普段訪れることのない方面へ足を向けてみた。

幹線道路に出ても通る車は多くなく、大型のトラックまばらに走るばかりだ。これが非常事態なのだと目で見て分かるような気がする。

頭の中に地図を浮かべ、いつものスーパ・マーケットへ向けて大回りに近付くように大通りを歩くと、大きな倉庫をそのまま店舗にしたような中古の家具屋が目に入り、人気も無く風通しも良さそうだと、ふらっと立ち寄ることにする。

いらっしゃいませと頭を下げる店員の他に人の気配のない店内は広く、二十五メートルプールを横に二つ並べたほどの面積に、電化製品や家具がずらりと並んでいる。オフィス用、飲食店等の店舗用区分けされているらしい。狭く散らかった我が家も、こんな家具を置けば少しはお洒落な空間になるだろうか。いや、一ヶ月もしないうちに生活じみてしまうに決まっている。

そんなことを考えながら一般家庭向けの家具の並ぶ区画に入る。相変わらずお洒落なガラスのテーブルや革張りのソファ、いかにもお高そうな桐箪笥、お人形遊びのミニチュアをそのまま大きくしたような鏡台や洋箪笥の中を歩いて周る。

中古とはいえ貧乏暮らしにはなかなか縁の無さそうな高級品で目を潤し、そろそろ食料の買い出しに戻ろうかと思ったとき、振り返った先の小さな白い洋箪笥が目に入る。我が家の洋箪笥といえば、無機質な鉄の棒に埃除けのビニル・シートを張っただけの実に機能的な「クローゼット」だ。それを思い出しながら、何となく胸の高さの取っ手を引き、観音開きの戸を開く。

右手の戸の裏には綺麗に磨かれた鏡、左にはスカーフやマフラを掛けられそうな棒が渡してある。正面には頭より少し上の高さに同様の棒が渡してある。どのくらいの丈のコートまで掛けられそうかと視線を下ろす。腰のあたりの底面に、一本の赤いクレヨンが落ちている。手に色の付かないよう巻かれた紙の途中から千切れているようだ。

他の商品は実に綺麗に手入れされているから、店員の片付け忘れということもあるまい。現に戸の裏の鏡は曇り一つなく磨かれている。何処かの子供が忘れていったなんてことがあるかも知れない。店員に見せてみようかとクレヨンを手に取って、思わず小さく悲鳴を上げ、それを放り出す。慌てて戸を閉め直し、早足に店を出る。

クレヨンの断面は折れたり千切ったりしたものではなく、小さな歯で噛み切った跡がはっきりと刻まれていた。

そんな夢を見た。

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