第三百三十七夜

 

山道の木々のトンネルを抜けると、昼下がりの空と海との青が目に刺さった。気温も二十二度は超えたろうか、丘を駆け下りながら風に体温を奪われるのが心地よい。

沖縄に転勤になって、もうじき一年が過ぎる。南国の日差しは深く刺さるのだろうか、ハンドルを握る腕は一冬を過ぎても浅黒く、年末に帰省した実家では皆に驚かれたものだった。

気候も違えば風習も違い、初めこそ慣れなかったが、今ではこちらの生活の仕方が随分と心地好い。

丘を下るにつれて入り江がぐんぐんと近付いて、派手な傘が立てられ、周りに幾らか人がいるのがわかる。年代はバラバラだが、女の子達がビーチ・ボールを打ち合ったり、熊手で砂を掘ったり、親の世代の女性達がその様子を眺めたりする浜を横目に見ながらその上の道を通り過ぎ、しばらく先のコンビニエンス・ストアで休憩することにする。

自転車を駐めてトイレを借り、ゴーヤ風味のアイス・クリームとホット・コーヒーを買い、イート・イン・スペースの丸椅子に腰掛ける。店の脇の植え込みに咲いた気の早いデイゴの花が赤いのを眺めながら、ソフト・クリームを舐める。

客が少なく暇な店番の中年女性が声を掛けてきた。旅行か、何処から来たか、来てどのくらいかと質問し、こちらが答える度に満足気に頷いて、最後に、もうこっちには慣れたかと尋ねる。

そういえば、
「浜で女性ばかりの潮干狩りを見たんですが」
と切り出すと、それはハマウリだと言う。

聞けば、旧暦の三月三日に、女性だけでお菓子を食べたり潮干狩りをしたりする、雛祭りのようなものだそうだ。

ハブを食うと伝えられるアカマターという名の蛇の神様にたぶらかされ身籠った娘が、三月三日に入り江の潮溜まりで身を清めて堕胎した。そんな昔話にあやかって、こちらでは旧暦の三月三日に女性だけで浜へ下り、女性の幸せを願うのだそうだ。

また、蓬餅、こちらではフツ餅、フチームチーと呼ぶが、それを食べる風習がある。蓬といえば、悪いものを払うと伝えられているから、昔話は堕胎だけれど、そうならないように、悪いものが娘達に憑かないように、そういうお祭りなのだ。

そう説明した後、彼女はデイゴの赤い花に目を遣って、女には男にはわからない苦労が山程あるのだと楽しそうに笑った。

そんな夢を見た。

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