第三百二十二夜

 

温かい布団の魔力からいつもより三十分も早く抜け出し、母に急かされながらどうにか支度をして家を出ると、冷たく湿度の高い空気が頬に絡みつき、吐く息が顔の前で白くなった。
――暖冬暖冬といいながら、しっかり寒いじゃないか。
そうテレビの天気予報士を心のなかで責めながら、小走りに駆け出す。

いつもより人気の無い道を暫く駆けていると自然と体が温まり、校門を潜る頃には上着を着込んだ上半身は、汗で蒸し暑いほど担っていた。
「遅いぞ」
と、金網張りのウサギ小屋の前でクラスの男子がこちらへ大声を出して手を振る。何事かと驚いたサッカー部の男子達がそろってこちらを振り向く。
――みっともないったらないじゃない。
耳へ血が集まるのを感じながら力一杯地面を蹴って加速してウサギ小屋へ向かうと、大きな籠に藁を積んだ先生がやってきて、小屋の鍵を開ける。

三人が小屋の中に入ると、先生は直ぐに戸を閉め、脱走を試みた不届き者を抱き上げて撫でながら、
「飼育係、二人共初めてだって?」
と尋ねる。

二人して頷くと、掃除の手順と餌遣り、水の交換の手順の説明を簡単にした後、
「ぱぱっとやらないと始業に間に合わないから、真面目にやるように」
と、小屋の片隅から箒を私に、大きなジョウロを男子に渡す。

小屋の床を掃いて糞と藁を集めると、持ってきた籠から新しい藁を取り出して代わりに詰める。藁を退けた辺りをもう一度掃き清めて、小屋の奥、四分の一ほどの面積に新しい藁を敷き、小山のように盛る。これがウサギ達の寝床になるのだそうだ。

そこに、赤錆た鉄の四角い板が見えた。端に小さな穴があって、指を掛けて開けられるようになっているようだ。大きさは三十センチ四方くらい。こんなウサギ小屋の床に、何の穴だろう。板の形から、わが家の床下収納を思い浮かべるが、何かの倉庫にしては戸が小さすぎる。水道やガスの類が埋まっているなら蓋にそう書いてあるだろうし、何よりわざわざその上にウサギ小屋を建てるなんて不便なことはしないだろう。

手を止めて考え込む私に構わず、
「一番下に綺麗に敷き詰めたら、その上はこうやってふんわり盛ってやると、中に潜り込みやすくなるんだ」
と先生が藁を積み上げ、鉄板はすっかり見えなくなってしまう。どうやら、初めてで藁の盛り方がわからずに手を止めたものと思ったらしい。

そこへ水を汲んだ男子が戻って来て、水飲み場の水を入れ替える。
「やってごらん。喧嘩にならないように、平等にやるんだぞ」
と、先生がジャージのポケットから野菜屑を出して手渡してくれ、鼻を鳴らしながらもぞもぞと野菜を齧るウサギの口元を見ているうちに、すっかり謎の鉄板のことは忘れてしまった。

そんな夢を見た。