第三百十二夜
ファミリ・レストランとして最も忙しくなる夕食時が終わり、尻の長いお客が甘いものを追加してお喋りを楽しんでいるくらいで、片付けも注文聞きも暇になったタイミングで、
「あそこって、どうしてオレンジ・ジュースが置いてあるんです?」
と尋ねてきたのは、今月からアルバイトでやってきた専門学校生の女の子だった。
幾度か同じシフトに入ったが、身なりは清潔で受け答えもハキハキとして人当たりも好い。世代が違うなりに和気藹々とコミュニケーションが取れ、おばちゃん同僚としては有り難い限りだ。店長は「クリスマス前後のシフトが可能だったのが決め手」と言っていたが、彼の好みも多分に採用を後押ししたことだろう。
「ああ、あれはねぇ」
と答えてから、彼女の目線の先を見る。四人掛けの席の並ぶ壁沿いから通路を隔てて浮いた「島」の中、二人掛けの席に水の入ったグラスが一つ置かれている。
「毎週木曜の夕方だけなんだけどね……」
レジの内に並び、横目で彼女を見ながら、小声で話す。
あの席、十七番の席の呼び鈴だけ、毎週木曜の午後五時になると、定まってひとりでに鳴り出すのだ。ファミレスではよく使われているシステムで、客が呼び鈴を押すと店内の電光掲示板とフロア店員の持つ注文用端末へ自動的に通知されるのだが、注文を聞きに行ってもその席のお客は必ず「押していない」と驚く。それどころか、お客が座っていないときですら呼び鈴が鳴る。
それが週に一回なのでなかなか条件がわからなかったのだが、誰か勘の良い人が気付いたそうだ。それからは、木曜の昼から日付が変わるまでの時間帯、そこにお客を通さないようにした。
それでも一々通知が来るのが鬱陶しい、どうにかならぬものかと色々試したところ、テーブルへオレンジ・ジュースの入ったグラスが置いてあるときには何故か呼び鈴が鳴らない事が判明し、以降それも習慣になった。
「私も幽霊だの何だのを本気で信じているわけじゃないし、機械の故障というか、設定ミスみたいなものなんだろうけどね。お客様を案内して面倒を起こすよりは、二人掛けの席一つくらい放っておいたほうがいいでしょう?」
小声ながら「へー」とか「本当ですか」と合いの手を挟みながら聞いていた彼女は、
「触らぬ神に祟り無しって言いますもんね」
と苦笑しながらこちらを向いて小首を傾げ、件の席を振り返って真面目な顔をし、
「メロンソーダの方が良いって言ってます」
と、申し訳無さそうに呟いた。
そんな夢を見た。
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