第三百十一夜

 

リビングのソファで上の娘が塾の宿題を解くのを後ろから眺めていると、廊下の戸が開いて柚子の香りが漂ってきた。

続いて寝間着姿の下の娘がロボットのように手脚をぴんと伸ばして登場し、妻がその髪をタオルで掬うようにしながら追いかけ、向かいのソファに座らせる。まだ水分たっぷりの髪を絞るようにタオルで包んでから、濡れたタオルの乾いた部分を探って持ち替え、今度は頭皮に空気の当たるようにわしゃわしゃと髪を拭くと、一段と柚子の香りが強くなる。
「ねぇ、どうして今日の晩御飯はお汁粉だったの?」
と声を張り上げる妹へ、ノートを見つめたままの上の娘が、
「カボチャのぜんざい」
と呟く。姉の訂正を受けた下の娘が、
「どうして今日の晩御飯はカボチャのぜんざいだったの?」
と律儀に問い直すと、
「今日は冬至だから、カボチャを食べて柚子湯に入ると長生きできるんだって」
と、手を休めることなく楽しげに言う。
「ぜんざいなのは、北海道辺りの習慣らしいけどね」
と関東出身の私が横槍を入れると、
「そういえば昔、怒られたわよね」
と妻がこちらを見る。
「そういう習慣が無いから驚いただけだって。帰ってきたら晩御飯だって言ってお汁粉だかぜんざいだかが出てきたんだから」
と弁解すると、
「そうだったかしら」
と妻は楽しげに笑い、下の娘の髪に視線を戻す。本当は今でも夕食に甘い物というのは慣れないが、娘二人がこれを気に入っているために反対出来なくなってしまった。便座を上げっ放しにすることが出来ないのと同様、女性多数の家庭を持つ者の小さな不自由だが、民主主義者としては我慢するほか無い。
「じゃあ、何でカボチャなの?」
と、下の娘が当然の疑問を呈する。
「冬まで長持ちする野菜で、栄養もたくさんだからじゃないかな。あ、冬至南瓜に歳を取らせるなっていう諺もあったっけ」
と妻が言う。
「カボチャが歳を取るの?」
と振り返る下の娘の顔を覗き込んだ妻が、
「大晦日を超えてお正月まで食べずにいたら駄目ってことよ」
と諭す。一通り拭き終わったからとブラシを渡され、妻に代わって下の娘の後ろに膝立ちになる。
「何で駄目なの?」
と重ねて尋ねる下の娘に、
「長持ちすると言ってもだんだん傷んでくるし、栄養も減っちゃうからかな。あと、水分が抜けちゃうと、ぼそぼそして美味しくなくなるし」
と答えながら、妻は自分の頭を包んでいたタオルを解き、
「私も乾かしてくるから」
と部屋を出る。
「カボチャも歳を取ると水分が減るんだなぁ」
と呟くと、扉の向こうから、
「聞こえたわよ」
と妻のドスの利いた声が響き、
「二人共うるさい」
と上の娘の棘のある声が鼓膜を刺した。

そんな夢を見た。

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