第三百七夜

 

部活の朝練習を終えてジャージ姿で教室へ駆け込んだのは、ホームルームの始まって二分ほど経過したところだった。顧問が時間にだらしなく、後片付けを担当する一年生が始業時刻に間に合わないのはいつものことだ。

担任もその辺りの事情を知っているから、部活に出る前に荷物は教室へ置いてさえいれば遅刻扱いにしないと言ってくれているのは有り難い。

ああまたねという表情でこちらを見る担任に小さく頭を下げながら忍び足で席へ向かうと、机の上に名前の判が押された封筒が置かれていた。

隣の席から、
「こないだの校外学習のときの写真、注文したやつ」
と、実に適切な解説が飛んでくる。出欠を採って直ぐに配ったのだそうだ。

そういえば、廊下に張り出された写真の中から十枚ほどを注文した気がする。もちろん、自分の写っているものを頼むほど、美形でもなければナルシシストでもない。

ただ、プロのカメラマンというものは流石にそれだけの腕と審美眼とを持ち合わせているらしい。張り出された写真の中にはそういう美しいものもちらほらあって、たまたま彼との美的感覚が一致したものをピックアップした結果がその十枚ほどだったのだ。

球技大会の日程が云々、希望する種目が云々と説明をしている担任の言葉を聞き流しながら、なるべく目線を向けぬよう手探りで封筒を鞄へ仕舞い込む。特に写真に興味はありませんよというポーズだ。

担任の声を何となく聞き流しながら、どんな写真があったかを思い出し、早く放課後にならぬものかと思っていると、窓側から、
「きゃっ」
と悲鳴が上がる。

振り返ると窓際の最後列の席の女子が半べそをかきながら立ち上がって、親切にも彼女の落としたのであろう写真を拾って差し出してくれている男子に向かっていやいやと首を横に振っている。

「どうした」、「見せて」、「おお怖い」とどよめきを伴いながら回されてきた写真の中で、夕日よりもなお赤い光が画面の大部分を覆う中、女子達が並んでピース・サインをしている。

背中越しに写真を覗き込んでいた友人が、
「焼き増しのときに失敗して光でも入ったんでしょ」
と醒めた意見を唱え、教室中が「何だ、それだけか」、「そんなことだろうと思ったよ」と、落胆したような安堵したような雰囲気に包まれる。
「じゃあ、交換するようにお願いしておくから」
と写真を生徒から取り上げた担任が、しげしげとそれを眺めながら、
「デジタル・カメラで焼き増しって、あるのかね」
と呟くのが、収まりかけた喧騒の中、耳に入った。

そんな夢を見た。

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