第三百六夜

 

週に二度の買い出しのため、海風に車体を煽られながら軽自動車を走らせる。

もう何年も通り続ける道の両側は、しかしずっと殺風景なままだ。どうせ交わる車もない交差点の赤信号に掴まって車を停め、カー・ラジオの音楽を聞きながら、鉛色の海に白波の立つのを眺める。

そろそろ信号が変わるかとハンドルを握り直すと、山側からワンボックスがやってきて、黄色信号に滑り込むように左折する。直ぐに信号が変わりその後を追うように走り始めると、その車がどんどん近付いてくる。
――いや、近付いているのはこちらか。
スピードを出し過ぎているかと計器を見てもいつも通りで、交通量の少ない田舎道ではむしろ遅いくらいだ。
――何をそんなにゆっくり走っているのだろう。
苛立ちではなく、素朴な疑問だ。こちとら還暦を過ぎた婆さんだから、何を急ぐでもないし、変に急かされるよりはずっといい。

徐々に速度を落としながら、それでも車一台分ほどまで車間が詰まったところで、まだ幼稚園に通うかどうかといった小さな男の子が、後部の窓から顔をのぞかせる。座席の上に立って、掴まり立ちの格好だろうか。
チャイルド・シートが義務なはずだと思い出し、
――ああ、それで
と得心が行く。後部座席のチャイルド・シートに座らせていた子供がベルトの隙間から抜け出すというのはよく聞く。あれくらいの子供ならちょっと力が強ければシート・ベルトを外すくらいのこともあるかもしれない。何にせよ、子供がシートを抜けてしまったために、急制動を掛けずに済むよう、速度を落としているのだろう。

子供の心配をしつつ運転をしていると、時折その子と目があって、つい小さく手を降ってみせたりするが、リアクションは帰ってこず、一人で勝手に寂しい気持ちになる。

それより幾らか大きくなってしまった孫達の正月に帰ってくるのを思い出していると、前の車も同じ道の駅へ向かっていたらしく、ゆっくりとその後ろに続いて駐車場へ入り、車を駐める。

子供の安否、といえば大袈裟だが、怪我なく駐められたかが気になって件の車を眺めていると、その運転席から娘より幾らか若そうな女の子が降りてきて、そのまま店舗へ歩いて行く。

あんな小さな子どもを車内に置いて出るのかと驚いて、店まで歩く途中それとなく車内を覗いてみると、後部座席には幼児もチャイルド・シートも無く、ただ可愛らしい犬のキャラクタのぬいぐるみが座っているだけだった。

そんな夢を見た。