第二百八十八夜

 

夕食に間に合うよう、陽の傾いた頃に友人と別れて帰路についたが、電車の中の人々も、マンションの共用玄関の自動扉も、やはり私が見えないらしかった。人とぶつからぬよう、自転車や自動車に轢かれぬように気を張って歩き、玄関へは外出時と同じように他の住人の後について入った。
――我ながらよくわからぬ不自由な一日を過ごしたものだ。
そう思いながら我が家の扉を開けてその中に入ると、緊張が解けたせいかぐっと身体が重く感じる。
「ただいまー」
と靴を脱いで上がり框に足を着くと、蒸れた靴下が冷房の効いた屋内の空気に冷やされて気持ちがいい。自室のドアを開け、部屋着に着替える気力もなくベッドへ座り込み、そのまま仰向けに寝ると、
「お姉ちゃん、何やってるの。早く」
と妹が現れて急かされる。

一体何を早くしろというのか。顔だけ妹に向けて問うと、対戦ゲームの続きに決まっているという。帰って来るなり何のことか、一体いつの続きかと問うと、
「さっきトイレ行くって言ってから五分も経ってないよ。というか、いつのまに着替えたの?」
と言って私の手を引いて起こそうとする。

そんなはずはない。今日は友達と遊ぶからと、妹の起き出す昼前から出掛けていた。それを聞いた妹の主張は、「今日は私のほうが早く起きた。お姉ちゃんは何度起こしてもお昼過ぎまで起きなかった。昼過ぎから居間で一緒に勉強した後、ゲームを始めた」というものだった。つまり、私が家を出てからずっと、妹にさえ私と見分けの付かない何者かが家に居たということらしい。

家でまでよくわからぬことが起きているのかと思うと気が重くなったが、妹がしつこく腕を引っ張るので仕方なく居間へついて行く。

と、テーブルの上に黒い帽子を被ったカボチャのランタンが描かれた袋が二つ載っている。甘いものに目がない父が昨夜買ってきたお土産の、季節限定パンプキン・シュークリームだ。父の帰りが晩かったため、太るのを警戒して今日の楽しみにとっておいたのだ。

妹がその前に敷かれた座布団へ腰を下ろし、隣の座布団を叩いて、早く座れと促す。私の座った前の袋を手に取ると、既に中身が無い。
「これ、空なんだけど」
と尋ねると、自分で食べておいて何をとぼけたことをと言って怪訝な目でこちらを見る。

疲れた頭で考える。つまり私と区別の付かない何者かは、ここで妹と一緒にゲームをし、シュークリームを食べてしまってから、私の帰宅直前にトイレへ行くと言って消えたということになる。

もちろん、私にそれを食べた実感は一切ない。こんなことになるのなら、昨日のうちに食べてしまえばよかった。これで、その何者かの食べた分のカロリーまで私が背負うとしたら何と理不尽なことか。

何かの罰が当たったかと思いながら、コントローラを手に取って、そういえば妹にはちゃんと私が見えているのだと、今更ながらに気が付いた。

皆に見えるように戻っているのか、そうでないのか。

が、仮に戻っていないとしても、戻すためにどんな対処が必要なのかがわからない以上、何ができるでもないと割り切って、今はゲームを楽しむことに決めた。

そんな夢を見た。