第二百七十六夜

 

炎天下、同僚達と昼食を摂って社屋へ戻ると、一人脇の植え込みの横を通って裏手の勝手口へ回り、煙草に火を点けた。社内分煙のため屋内は全室禁煙となっており、喫煙所は勝手口の外に設けられたここだけで、酷暑の日差しも冷たい風雨も申し訳程度の頼りない庇の下でしのがねばならないとあって、わざわざここで喫煙する者は少なくなった。

それでも小さな庭があり、背の高いサクラやハナミズキのお陰で、一面アスファルトに舗装された表に比べれば幾分は涼しい。通りの斜向かいの神社には小さいながらも鎮守の森も残されていて、大都会のオフィス街としてはいくらかマシな方なのだろう。

暫く呆やりと煙を吸っていると、表の通りからピィピィともミャアミャアとも付かぬ音が耳に入る。手入れの悪い自転車か、或いは迷い猫かと思って表通りを覗き込むと、茶色い毛皮の生き物が、律儀に横断歩道を小走りに渡って来る。

それはそのまま植え込みの脇を通り、こちらに気付くとじっと目を見て速度を落としつつ、尚もてくてくと歩み寄る。

顔の模様を見るに、どうやらタヌキのようである。この時間には天気の悪くない限りここでタバコを吸っているが、タヌキを見たのは初めてのことだ。神社か、或いは近くの何処かで今年生まれて、独り立ちの時期を迎えて追い出されたものか、はたまたあちこち旅をしているものか。

いずれにせよ、無意味に怖がらせる必要もない。彼等も昼時には飯を食うものなのだろうか、この小さな林も何か彼等の役に立っているのだろうか。そんなことを考えながら灰皿で火を消してそっと裏口へ入ると、屋内の空気は冷房でよく乾き冷えていて、汗で背中に貼り付いたワイシャツからすっと熱を奪うのが心地よかった。

そんな夢を見た。