第二百七十五夜/h3>
盆休みが開けた初日の水泳教室で指導を終えてシャワを浴びていたところへ、プールからほど近い校門の辺りから子供達の叫び声が聞こえてきた。
水を止めてタオルを掴み、大急ぎでそちらへ向かうと、まだ髪の濡れた低学年の子供達と、これから濡らす予定の高学年の子供達が校門の脇の植え込み脇に黒山の人集りを成している。
何があったと尋ねると、中の幾人かが口々に「先生が倒れている」と言う。
すわ一大事と人集りを掻き分けると、次の高学年の水泳教室担当の若い後輩教師が、手に折りたたみ式の鋸を持ったまま、仰向けに倒れて泡を吹いている。目に付いた六年生を名指しして、大人が倒れているから救急車を呼ぶように職員室へ知らせてくれと頼んでから、自分は倒れた後輩の応急処置を試みる。
脈を探るが、心臓が停止している。誰でもいいからADEを持ってこいと指示する声がつい大きくなっているのを、何処か他人事のように自覚しながら、後輩の胸へ手を重ねて体重を掛けて圧す。
夢中になって心臓マッサージを続けているうち、ADEの届くより早くサイレンが聞こえ、まもなく救急車が到着した。生徒への普段の指導が不十分だったかと反省しながら、後輩を救急隊員に引き渡す。救急車には職員室に待機していた日直の同僚が同乗し、私は午後の水泳教室を代行することに話が決まり、子供達と並んで遠ざかるサイレンを見送る。
すっかり音が聞こえなくなると、何があったのか、助かるのかと騒ぐ子供達を急かせてプールに向かわせる。
子供達の去って静かになった校門で、伸び放題に枝を張った樟を見上げると、
「まさかねぇ」
と思わず声が出た。
自分がここへ赴任してきたばかりの頃に酒の席で教頭が、
「この木はいくら枝が邪魔だろうと、決して刃物を入れてはいけない。あんな邪魔なところに居座ってるのには、それなりのわけがある」
と、大真面目に言っていたのだが、まさか子供達にそんな説明ができるはずがない。
「まさかねぇ」。
今度はわざと、少し大袈裟に呟いてみた。
そんな夢を見た。
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