第二百七十三夜

 

久々に両親を喜ばせてやろうと、盆に帰郷する旨を連絡したのが却って気を遣わせることになった。最寄り駅のロータリィへ車で迎えに来ると父が言い出した。大した距離でもないからと言っても聞かないので、有り難く車を出してもらうことにした。

小さなスーツ・ケース一つを転がしながら改札を出、ロータリィを見回すと、こちらに手を振る男の姿が見える。背後にあるのが見慣れぬ派手な車で気付かなかったが、紛れもなく父だ。

トランクを開けてスーツ・ケースを放り込み、シート・ベルトをしてエンジンを掛けると、
「お前達も独り立ちしたから、もう大きな車もいらないかと思ってな」
と、車を買い替えた理由を私に告げる。年甲斐もなく派手な車をとは思ったが、誰に迷惑を掛けるでもない本人の道楽にケチを付けてもいけないと、
「恰好良いね」
と愛想笑いをしておく。正月に帰省したときには以前の大きな箱型の車だったから、せいぜい半年前に買った新車ということになる。迎えに来ると言って聞かなかったのも、これに私を乗せたかったからかもしれないと思い至って、口元が緩む。

信号待ちで向かい合って停まった車のフロント・ガラスに反射する陽の光に目を細めた父が、グローブ・ボックスからサングラスを取ってくれと言う。

ダッシュボードの助手席側に付いた抽斗のことらしい。取っ手を引いて中を覗くと、書類の入ったクリア・ファイルの上にメガネのケースがある。信号の変わらぬうちにと急いでケースを開き、中のメガネを父へ差し出し、父の外したメガネを受け取ってケースにしまう。元へ戻そうとして、クリア・ファイルに妙なものが目に入る。朱と黒の、模様とも文字ともつかぬものが筆で書かれたそれは、たっぷり三秒は掛かってやっと、所謂お札だとわかる。

お守りならともかく、新車の中にお札など乗せておくものだろうか。交通安全の祈願のための御札というのも、私が聞いたことがないだけできっとあるのだろう。そう思うことにして、父にその正体を問い詰めることはせず、ただただ無事に帰宅できることを祈った。

そんな夢を見た。

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