第二百六十七夜

 

腕を怪我した友人に頼まれて、臨時に酒の配送を手伝うことになった。彼を助手席に乗せて指示に従って運転し、彼の御用聞きをしている間に荷運びをする。

初め運転を任せては効率が悪いから彼がやると言っていたのだが、利き手でないとはいえ怪我をした腕でシフトレバーを操作する車になど乗りたくないと文句を付けて助手席に座らせた。

小粒の雨の降り続く中、居酒屋や料理屋などを十件ほど回って、最後に寿司屋の裏の駐車場へトラックを駐めて荷台へ回ろうとすると、勝手口の前の足元に湯呑が二つ置いてあるのが目に入る。

荷運びで足元の見難いときに蹴飛ばさないよう気を付けなくてはと思いつつ、友人にあれは何かと尋ねると、
「ああ、雨垂れで下が抉れるのを防ぐための受け皿なんじゃないか」
と勝手口の上の庇を顎で示す。なるほどありそうなものだ。

御免下さいと店に挨拶をする彼の後ろで荷を下ろし、店の裏に積まれていた空き瓶を回収する。少々手持ち無沙汰になり、何とはなしに湯呑を覗き込むと中に何か黄色いものが沈んでいる。それが妙に気になて、話を終えた大将が店へ戻るのを引き止めて尋ねると、
「ああこれはね、店で割れたりヒビの入った湯呑やなんかの供養だって、師匠から教わったんですよ。大豆を入れて雨水の滴るところに置いといて、豆が失くなるまで置いとくんだって。実際なんかの役に立つのか、どういう理屈で供養になるのかは教えてくれませんでしたがね」
と、白髪交じりのこめかみを掻いて、人の好さそうな笑みを浮かべた。

そんな夢を見た。

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