第二百六十六夜
夜勤明けのそろそろ眠たい頭でコインランドリィから部屋に返ってくると、生暖かい空気がじっとりと出迎えてくれる。湿度はさほど外と変わらないのに、不思議と温度は籠もる。
かといって冬場は何処からともなく隙間風が吹き、大して暖かくもないのだから、安普請のアパートというのは不思議なものだ。
大型のモニタとスピーカ類を載せた背の低いキャビネット横の箪笥へ、持ち帰ってきた衣類を畳みながら仕舞う。普段なら窓の外か室内に張った紐へ掛けて干すのだが、余り長雨が続いて洗濯物が溜まったので部屋に収まりきらぬと踏んで、今日は乾燥機に掛けてきた。
暖気を送られて乾燥した布の手触りは部屋干しのそれとは全く違い、狭く湿気た抽斗に押し込むのが勿体なく思う。
下着を仕舞い込み、ふかふかのバスタオルと着替えを手にユニット・バスへ入り、湿ったシャツを脱ごうとすると、ドンと大きな音がする。反対側から壁が叩かれたかとも思ったがどうも違う。音の聞こえ方からすると、壁の向こう側の床に何かが落ちて、それが壁越し聞こえたようだ。
大音量で音楽を流していたとか夜中に洗濯機を回したというのなら抗議の表れかとも思うが、朝方に風呂に入ろうとしていただけだから思い当たる節もない。少しの間シャツを脱ぎかけたままの格好で頭を巡らし、ひょっとしたら体調が悪くて床に倒れでもしたのかと思い付く。
試しに壁をコンコンと叩いてみると、バン、バンとゆっくり、床を掌で打つような音が返ってくる。思い切って何処か体調が悪いのかと大声で怒鳴ってみると、再び同じ音が返ってくる。
まともに声が出せないのであればこれは一大事だと、脱ぎかけたシャツに袖を通しながら風呂場を出て、はたと気付いた。
ここは五部屋並びの角部屋で、風呂の壁の向こうは塀を挟んだ別のアパートだった。
そんな夢を見た。
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