第二百五十五夜
シュ……シュ……シュ
背後の荷台から断続的に、何かの擦れるような、或いは空気の漏れるような音が聞こえた。
「固定が甘かったんですかね。一度見てみましょうか」
と運転席を見ると、酒焼けした声が、
「いや、どうだろうなァ」
と言いい、殆ど同時に赤信号に引っかかって車が停まる。と、走行音が無くなった車内に、先程よりはっきりと、
シュツ……シュツ……
と聞こえて来る。
「ほら、まだ言ってるわ」
と頭を掻いたオッサンが、ウインカーを出して強引にUターンし、脇の小道のアパート横へ車を停める。なるほど、停車して振動が殆ど無くなっても音がするということは、荷物同士が擦れて音を出しているわけではないというのが道理だ。
「お前も、降りろ」
と促されてシートベルトを外し、オッサンの反対側から軽トラックの後部へ回り、荷台を見る。荷台にはゴムチューブで固定された電子レンジ、オーブン・トースター、冷蔵庫、掃除機など、今日の収穫が幾らか並んで固定されている。市内のゴミ捨て場をあちこち回って、捨てられていたのを腰痛のオッサンの代わりに俺が荷台にのせたものだ。
それは泥棒じゃないのかと渋ったところ、回収するのは違法に捨てられたものだけだ、とオッサンは胸を張った。オッサンの言い分はこうだ。市の指定する粗大ごみの処分料を支払った証拠のシールが貼られてない物は、市は本当は処分しない、もちろん捨てた者が回収し、改めて料金を払って処分することもないから、結局は行政が折れて処分する。捨てる奴の損と、市がタダで処分する損を、俺が肩代わりしたら、ゴミがリサイクル・ショップの商品になって俺とお客の得になるんだ。損するはずの二者が損をせずに済んで、俺とお客が得をする。何を咎められることがあるか、と。
「音がするとしたら、アレか」
とオッサンが顎をしゃくった先には、単身者用の小型の冷蔵庫があった。
「冷蔵庫が、あんな音出すんですか?」
と尋ねると、オッサンは面倒臭そうに、頭を掻きながら、冷却用のガスがどこかから、少しずつ吹き出すように漏れていれば、こんな音のすることもあると言う。
文句を言われたって、こちらはパチンコ屋でバイトを頼まれただけの素人だ。泥棒紛いの仕事を手伝ってやっているだけ有り難いと思え、とは思えど、流石に口には出さず、冷蔵庫に耳を近付けて首を傾げるオッサンを眺めるに留める。
「おい」
と、オッサンがゴム・チューブを解きながら、上ずった声を上げてこちらを見た。目を真ん丸に見開いて、唇は真っ青だ。何かあったのかと尋ねるより先に、
「こいつをそこのゴミ捨て場に下ろせ。そっとだぞ。ぶつけたり、扉が開いたりしないようにな、そっとだ」
と捲し立る。折角載せたものをと思いながら冷蔵庫に腕を回すと、確かに、
シュツ……シュツ……
と、先程聞いた音が、幾らかはっきりと聞こえる。扉に頬を当てるようにして冷蔵庫を抱え上げ、注文通りそっとゴミ捨て場に下ろすと、オッサンは既に荷造りを済ませて運転席に戻っている。
小走りで助手席に戻ると、オッサンは俺がシートベルトを締めるのも待たずに車を出し、黄色信号の交差点を無理やり抜ける。
これには流石に、
「危ないじゃないですか」
と文句が口をついて出たのだが、顔を青くしたオッサンからは、
「お前、聞こえなかったか」
と訳の分からぬ返事が返ってきた。
「ガスの音なら聞こえましたよ、シュッ、シュッて」
と答えると、オッサンは震える声で、
「違うわ、ありゃ、『出して、出して』って言ってたんだ、掠れた女の声でな」
と言って、額の汗を肩で拭った。
そんな夢を見た。
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