第二百四十七夜

 

どうぞと促され、管理人の引き開けたガラス戸を潜ると、古い木板と僅かなカビの臭いが鼻に付く。その匂いは不快というより寧ろ、
「懐かしい臭いですね。僕が通ったのは、こんな立派な木造の校舎ではありませんでしたけれど」
という感想を口にさせる。

ツナギ姿の管理人氏も、
「子供の頃にこんな学校に通えていたらと、この歳になって思うようになりました。麓の街の出身なんですが、若い頃はこんな田舎なんてさっさと出てやると思っていたんですがね」
とにこやかに頷く。

背中合わせに三列、下駄箱と簀子が並ぶ左端へ促されると、下駄箱には綺麗に四列五段、二十足のスリッパが収められている。裏へ回って見ると、他の下駄箱は全て空で、来客用に用意してあるものとわかる。

左上から一つ取り、それに履き替えて、空いたところへ自分の靴を納める。何十年振りの動作だろう。

黒光りする木の床板へ上がる。と、眼の前に事務室、職員室、左手に保健室、給食室、右手に校長室、図書室と、ひらがな書きの札の並ぶ廊下が一直線に伸びている。へえと嘆息の声を漏らす私の後ろで、管理人氏がガラス戸を内から施錠している。知らぬ間に誰かが入り込んで、閉じ込めては大変だからということか。

各部屋を覗かせてもらい備品を確認すると、いかにも自然で典型的な小学校らしさがある。それも極めて当然のこと、ここは廃校になった小学校を、木造建築の美しさから惜しまれて、町の所有のまま維持するために、貸しスタジオに利用されているのだ。

上司もきっと気に入るはずと張り切って、一部屋ごとに隅から隅まで写真を撮る。掃除もよく行き届いていて、
「ホコリも殆ど積もっていませんが、頻繁に利用されているんですか?」
と尋ねると、前回の利用は二ヶ月ほど前だったが、
「建物は空気が止まるとダメになるというので、毎週一回、窓を開けて風を通しながら、簡単な掃除だけは。田舎の小さな校舎ですから、そう時間も掛かりませんので……」
それでも年に一度、年末の大掃除だけは大仕事で、役場は総出、ボランティアも募って子供からお年寄りまでの大所帯で賑やかにやると言う。

常に人のいるわけでもなく、掃除から一週間と経っていないとなれば、これだけ綺麗で当然か。

二階へ上がって理科室、音楽室など一通りの写真を撮って、再び昇降口へ降り、靴を履き替えながら管理人氏に頭を下げる。彼も、町のアピールになるから、
「是非採用していただければ」
と頭を下げてから、下駄箱の靴を取る。

何とは無しにその手を目で追って、下駄箱に白い運動靴のあるのが目に付いた。

私も管理人氏も、既に靴を履き替えており、玄関は施錠したはずだ。先程気付かなかっただけで、
「その靴は、小道具ですか?」
と問うと、
「ああ、きっと前の撮影の方の忘れ物でしょう」
とそれを手に取り、そのままガラス戸の錠を外して、
「暗くなる前に帰りましょう」
と私を促した。

そんな夢を見た。