第二百三十八夜

 

海沿いの友人宅で夕食を御馳走になり、酔いを覚ましていると、もうあちらの子供も床に就く頃になっていた。

挨拶をして玄関を出ると一面の霧で、人家や街灯を包むようにぼんやりと光る他は何も見えない。いや、春先だから霞というべきかと考えているうちに、頬や袖口のじっとりと湿ってくるのがわかる。
「危ないから、うちに泊まってらっしゃったら」
という奥様に、慣れているからといって遠慮をし、自分の車に乗り込むと、フォグ・ランプを付けてゆっくりと道へ出る。

黒潮のぶつかる海岸の街だから空気はいつも湿っていて、ちょっと冷たい空気が入ると直ぐに霧や霞になる。それでも海沿いはまだまだで、すぐ裏手に迫る山をちょっと登れば、それこそ朝晩は毎日のように雲に包まれる。子供の頃からそんな中で育ったから、他に車もない自宅への帰り道は、速度さえ出さなければさほどのものではない。

沿岸部をのろのろと走り、少し標高の上がった街の中心部へ出ると、前方に赤いもやが見える。検問の誘導灯だろうと気が付いてハイビームを下げて停車し、室内灯を付けて窓を下げると、霞が流れ込んで頬を濡らす。車の鼻先を黒い影が横切って、ようやく霞をかき混ぜて歩く婦警の姿が確認できる。
「免許証を見せて下さい」
との声に胸ポケットの財布を取り出し、
「飲酒運転の検問ですか」
と問う。年末年始と年度末・年度初めは祝い事も多いため、しばしばここで検問をしているのだ。

呼気の確認を終え免許証を受け取りながら、
「この霞の中ご苦労様です」
と言うと、
「他所から来たので噂には聞いていたのですが、これほどとは思いませんでした」
と、湿った髪を重く揺らしながら苦笑する。
「いや、子供の頃からずっと住んでるけど、ここまで酷いのは珍しいよ」
と返すと、
「このまま山の方へ?」
「ええ、自宅へ」。
すると彼女は私の左、誰も居ない助手席を覗き込みながら、
「くれぐれも、気を付けて下さいね。お嬢さんのためにも」
と言って車から離れ、車を出すように誘導灯を振り始めた。

そんな夢を見た。