第二百三十四夜

 

患者の容態が安定し、ほっと胸を撫で下ろしてナース・ステイションで一息吐く。お茶を啜りながら、
「先刻はどうして……?」
と、保留していた疑問を先輩看護師に投げかかける。

小一時間前のこと、ナース・ステイションの机で提出期限の迫った書類仕事をしていると、先程巡回に出たばかりの先輩が足早に戻ってきた。

余り帰りが早いので、何か忘れ物でもしたのかと尋ねると、数人の患者の名前を挙げ、自分の巡回で回るより先に様子を見てきて欲しいと言う。

挙げられた名前はどれも容態の芳しくない患者だが、その様子を見るのが夜間巡回の役目だ。書類に掛かっていたからと呼び出しやバイタル異常のナース・コールに気付かなかったということはありえないし、特別に様子を見るようにということも、打ち合わせされていなかった。

突然どうしたのかと尋ねると、
「貴女が来てからは初めてだっけ」
と独り言のように呟いてから、後で説明するからと急かされる。
何事かと上階へ向かう途中、携帯端末に先程名前の挙がったうちの一人のバイタル異常を知らせるナース・コールが通知され、直ぐに対応出来たのだった。

先輩は淹れたての珈琲を吹きながら、
「巡回に出るとき、初めに上る階段があるでしょう?あそこを上るときにね、ちょっと離れたところにある霊安室からお鈴が鳴るのが聞こえることがある、そうすると決まって患者さんの容態が急変するっていう話が昔っからあってね。信じてなかったんだけど、今日初めてお鈴の音を聞いて……まさかとはおもったけど……」
と、眉間に皺を寄せる。
「バイタル異常の通知より先に教えてくれるっていうのは、私達にとっては有り難いですね」
と冗談を言うと、
「異常の無い人に悪さをするぞっていう予告じゃなければ、ね……」
と、マグカップに口を付けた。

そんな夢を見た。

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