第二百三十二夜

 

私の開けた後部座席のドアから乗り込むなり、
「運転手さん、コレ」
と、スーツ姿の女性が派手な花柄の紙袋の紐を摘むようにして持ち上げ、こちらに示した。

顔見知りのお客様というわけでもないから、私へのプレゼントというわけではない。
「すみません、前のお客様のものでしょう」
と一度車を降りてその紙袋を受け取ると、袋の口から真っ赤なハイヒールが覗いている。運転席に戻りそれを助手席の足元へ置いて、車を出す。
「注意を促すようにしてはいるんですが、たまにいらっしゃるんですよね。人間ですから、ちょっとした不注意くらいはあるものです」
と、車内の雑談がてら言い訳をすると、
「私も割とおっちょこちょいで」
と、落ち着いた声で返してくれる。

近頃、雑談を好まないお客様は行き先を告げて間もなくスマート・フォンとのにらめっこを始めるので、昔のように探りを入れてみるような遣り取りが不要なのは楽な半面、少々味気ない気もする。
「前のお客さんは、どんな女の人でした?」
と声が掛かり、ルームミラーにお客様が軽く首を傾げているのが映る。
「若いお嬢さんでした。ちょっと派手な格好で……」
よく女性だと分かったものだと感心すると、紙袋が若い女性向けのブランドのものだと言う。
「でも、ちょっと変わった方ですね」
と声の調子を落としたお客様は再び首を傾げ、
「紙袋に人形を入れて持ち歩くなんて……」
と呟いた。

そんな夢を見た。