第二百二十四夜
雨が降って少なかった客も帰ってこれ以上の客も来なかろうと、少々早いが店仕舞いを始めた。
夜食用に水を張った小鍋を火に掛け、レジスタを開けて有線放送を聞きながら札を数えて纏める。
紙幣を片付け、硬貨に取り掛かろうとしたところで静かな鈴の音が響く。顔を上げると暫く見なかった常連客が、独りこちらへ片手を上げて、力無く小さく笑ってみせる。いつも二人で来店することの多い客で、元気の無いのに何か関係があるのだろうかなどと思いながらレジスタを閉じる。
注文を受けてから、カクテルを作りながらカウンタ越しに、
「今日はお独りですか」
と水を向けるが、曖昧に
「うん」
と頷くと、また沈黙してしまう。こういうときは無理に話をするものではない。
カクテルを出し、生ハムを切りながらふと、
「そういえば、いつものお連れさんも、この前お独りでいらっしゃいましたよ」
と思い出したままに言うと、彼は目を丸くしていつのことかと問う。あの日も今日と同じく客の少ない日で、
「確か、先週の雪の降った日の、閉店間際でした」
とハムを盛った皿を出すと、彼は声を上ずらせて、
「その日、あいつはバイクでコケて、なくなったんです……」
と、生気のない顔を一層青くする。
店では自動車・バイクの客に駐車場の代金を割引する代わり、運転者には酒を出さない決まりになっている。が、嘘を吐かれては確認のしようがない。それでも、自分の出した酒に酔って事故を起こしたのなら寝覚めが悪い。故人を責めるような調子にならないよう気を付けながら、
「まさか、お酒を飲んで……?」
と尋ねると、朝の通勤中にマンホールの蓋へ積もった雪で滑ったものだと言うので安堵する。
「じゃあ、亡くなってからもウチに呑みに来てくれたってことなんですかね」。
彼の好きだった薄めのジン・ライムを作って、彼の隣の席に置いてやった。
そんな夢を見た。
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