第二百十八夜

 

恐怖の余り、クローゼットの前に立ち尽くしていた。

不思議なことに、あるいは極めて不公平なことに、こうした不思議な現象、それによって惹き起こされる恐怖に出会い易い体質と、そうでない体質とがあるらしい。世間では家系的な要因が大きいと言われ、残念ながら私は母のそれを受け継いで後者だ。

また、誰でも子供の頃には同じ現象に遭うが、成長するにつれて少なくなるものだとも言われる。私に関していえば、むしろ中学校の後半から頻繁に、この恐怖に見舞われるようになっただろうか。

今回も、年が明け直ぐの頃から予感はあった。それが、今日遂に「動きやすい服装で」と指示のある用事への出席を余儀なくされて認識せざるを得なくなった。

身支度を終えた夫が、
「この寒いのにいつまで尻を丸出しにしているのか。遅刻してしまうぞ」
と急かすので、仕方なく手に取ったデニムの長ズボンに足を通し、腰まで引き上げる。

流行りの伸縮性の高い生地が脚を締め上げ、どうにか尻が収まる。が、ボタンが届かず、ファスナも道半ばにして進むのを拒否する。伸縮性のために化学繊維は入っているが、基本は綿のズボンだ。洗濯を失敗したからといって縮む筈が無い。縮む筈のないものが、入らなくなる筈はないのである。

恐怖を誤魔化すべく茶化した調子で、
「ズボンが小さくなっちゃった」
と夫を振り返ると、腕組みをして着替えを待っていた彼は、
「君が太ったんだよ」
と溜息を吐いた。

そんな夢を見た。

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