第二百十六夜/h3>
 

排気ガスを浴びながら、深夜の街道沿いを歩いている。部下に相談があると請われて閉店間際まで酒と愚痴とに付き合わされた帰り道だ。部下は晩くまである公営鉄道の最終電車に間に合ったが、こちらの私鉄はとうに無い。それでも二駅ほど、三十分も歩けば自宅だから付き合ったわけだが、他人の愚痴を聞きながら飲む酒で気持ちよく酔えるわけもなく、時折通り掛かる大型車の排気ガスに胸を悪くしながら運ぶ脚は重い。

帰途も半ば、小さな橋に差し掛かったところでポケットの中のスマート・フォンが震え、電話の着信を知らせる。見れば件の部下からで、仕方無しに出ると感謝の弁に引き続いてまた愚痴が始まる。車が脇を通り掛かる度に聞き取れなくなるが、聞こえずに困る重大事を喋ってもいなかろうから、機械的に相槌を打ちながら歩く。

そのまま信号待ちに立ち止まると、右手に停まったタクシーが扉を開ける。部下の愚痴を聞き流しながら、何とは無しに見ていても一向に客が降りてこない。不思議に思っていると助手席側の窓が開き、
「お客さん、どうしましたか」
と運転手が身を乗り出す。
電話を片手に信号待ちをするのにどうもこうもあるものかと訝しむ私に、彼は、
「お乗りにならないんですか」
と重ねて問う。乗るも何も、信号待ちをしていただけで止めた覚えはない。電話を持つ手が紛らわしかったのなら申し訳ないと頭を下げると、
「いやしかし、お連れの方が」
言って言葉に詰まり、
「いえ、私の勘違いでした。失礼いたしました」
と言って後部座席の扉を閉め、信号の黄色になった交差点を急いで走って行ってしまった。

そんな夢を見た。

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