第二百三夜

 

祖父に呼ばれて隣県の父の実家に帰った。じきに年末年始の休みだから短いなりに戻れると言っても、急用だからといって聞かない。子供の頃から可愛がられ、父が死んでからはいっそう気を回してくれるものだからこちらも断れず、残業を終えてから着替えだけ取りに自宅へ寄って、そのまま車を走らせた。

車を駐めるや否や玄関の硝子戸の開く音が田舎の夜の冷たく湿った空気に響き、祖父が笑顔で出迎えてくれる。
「夜中に無理言ってすまんの」
「いつも世話になってるから。それより急用って何さ」。
 荷物を背負って家へ入りながら尋ねると、写真が撮れなくなったという。

もう九十も近いというのに好奇心旺盛で、健脚を活かして山やら川やらを歩いていたところ写真に興味を持ったと言うので、盆にデジタル・カメラをプレゼントしたのだった。
「あらら。じゃあ、デジカメが壊れたってこと?」
と尋ねると、
「いや、なんだかが一杯ですとか何とかいうて、シャッタを切っても切ったときの音がせんし、パソコンさ繋いでもやっぱし撮れてねんだ」
と、卓袱台にカメラとノート・パソコンを乗せてこちらに手招きする。

どうやら記録用のメディアの容量を使い切っただけのことらしい。気に入った写真を印刷することは自分でできているので、理屈も理解できるだろう。メディアの中身をパソコンに移して空にし、
「ほら、これで撮れる」
とやってみせると、祖父は満足げに頷いて私にレンズを向ける。
「それよりさ……」
パソコンの記憶容量も無限ではない。また正月に教えてもよいのだが、折角ここまで来たのだから、
「撮り損ねたようなやつは、消してしまうと節約になる。暇なときにこうやって……」
と、データの整理を教えると、
「何だかもったいない気もするがなぁ」
とは言いながら、真剣な目で残す写真を選び始める。

夜も晩いから程々にと言って居間を後にし風呂を浴び、持ってきた寝間着に着替えて居間へ戻ると、
「なぁ、これは消していいのか?」
とこちらを見上げる。
 いいも何も、それは祖父の自由である。そもそも私は母に似て、美的感覚というものに乏しいので、
「俺じゃ当てにならんから、爺ちゃんが良いと思った写真だけ残せばいいよ」
というと、
「そうじゃねぇ。ほれ、これ見てみ」
と画面を指す。
 夜店の並ぶ境内や、提灯の照らす鳥居の写真がずらりと並んでいる。秋祭りの夜の写真だろう。その途中、
「ほれ、これよ」
と祖父が指差す一枚だけ、寒々とした石の並ぶ河原の写真が挟まっている。
「爺ちゃんが撮ったんじゃないの?」
「裏の神さんのとこにこんな河原なんてねぇべよ」。

ファイルの作成時刻を見ても前後の写真と数分違い、GPSの情報から、場所も裏の神社で間違いない。
「うーん。わからん」
と唸る私の背を叩き、
「わからんならええわ、ありがとう。お守りに残しとくべな」
と祖父が笑う。

オウム返しに
「お守り?」
と問うと、
「神さんとこで撮れたもんが悪さする事ぁねぇべさ」
と満足げに笑うので、そういうものかと頷くことにした。

そんな夢を見た。