第二百二夜

 

行き付けのバーで友人に待たされ、独りでスマート・フォンを弄りながらカクテル・グラスを舐めていると、手の空いたマスタがグラスを磨きながら、
「お連れの方は」
とカウンタ越しに声を掛けてくれた。

スマート・フォンを顔の横でひらひらさせながら、残業が終わり後三十分ほどで到着するらしいと連絡のあった旨を伝える。
「今は便利になって、その分ちょっと味気ないかとも感じます。特に、昔はこちらの無駄話を披露するのも、お客様のお話をうかがうのも私供の仕事の一部だったのですが、そういう部分も少しずつ減ってしまいました」
と言うマスタに、首を振り、声を掛けてもらって嬉しいと返す。
「でも、携帯無しに待ち合わせっていうのは、私には考えられないな。連絡が来なかったら、五分も待たずに離れちゃいそう。マスタはどうです?」
「私の若いころは、ポケット・ベルの全盛期で、携帯電話はなかったから、連絡が来なくても一時間位は待ちました。それ以上となると、異常がなければ電話を探してベルを鳴らすくらいは出来るだろうと、相手を心配しつつ帰るか、こちらから連絡をしてみるか」。

小さく口の端を上げながら目を細めてグラスを磨くマスタに、
「ポケベルって、実際見たことないんです。数字を語呂合わせで送るんでしたっけ」
と問うと、語呂合わせだけでなく、五十音表に合わせて送ったり、機械が進歩するとカナの表示ができるようになったりと、案外多機能だったという。
「僕の使っていたのは発信元の電話番号が分からない機種でね、色々悪戯をされましたよ」
と苦笑するので教えてくれとせがむ。

酔った友人が丑三つ刻に「4444」や「564219」といった怪談めいたメッセージを入れてくるとか、
「ある年のクリスマスなんてね、私が彼女と過ごしてると知っている友人からタイミングを見計らって『アイシテル』なんて送られてきて、修羅場になったこともありましたよ」。

小さく上機嫌に鼻を鳴らすマスタを見て、ポケベルなど知らぬこちらも何故か懐かしいような錯覚に陥って、自然と頬が緩んだ。

そんな夢を見た。