第百九十八夜

 

解体業者の友人に頼まれ、県外の古い平屋へバンを駆ってやって来た。

間の悪いことに若い作業員が骨を折ったり、親戚に不幸があったりで都合が付かず、手伝いを頼まれたのだ。

その代わり、所有者の残していった家財に目ぼしい物があれば日当とは別に持って行って良いという。それが済んだら襖や畳など、運び出せるものを解体前に建物の外へ出す手伝いをしろとのことだった。

門を入り庭へ車を駐めると雨戸の閉まった濡れ縁が見え、その佇まいだけで中々に立派な造りだと知れる。

午前中に屋外での準備作業を済ませると宝探しの時間だと言って、友人が鍵を開け中へお邪魔する。

どういう経緯で取り壊すことになったのかは知らないが、やや畳が古びて黄色い他は、太い木材の黒光りする床と柱は美しく、家財も粗方は片付いていた。
「これじゃ、持って帰るものがあるかわからんな」
「いや、運ぶのに苦労する大物がちらほら残ってんだ」。

あれこれと残された家財を指さしながら中を案内する彼はしかし、私がそれぞれを品定めする暇を与えず真っ直ぐ奥へ進み、
「まず、あそこを頼みてぇんだ」
と、これも黒光りする板戸を指差す。他の部屋は殆ど皆、明かり障子か襖で間仕切られている中では少々異質だ。
「便所か風呂か、それとも納戸かね?」
「どれも、普通はこんな家のど真ん中に作るもんじゃねぇよなぁ」。
確かにその通りだ。しかし、襖や障子は外して壁に立てかけてあるのにこの板戸だけは、
「どうして戸板がそのままなんだ?」
と問うと、彼はこめかみを掻きながら、
「それがね、開かんのだ」
と苦笑する。そんな馬鹿なと戸の凹みに指を掛けて引くが、本当にうんともすんとも言わない。立て付けが悪いとか、つっかえ棒がしてあるとかいうのなら、前後にガタガタ言うくらいはするものだが本当にピクリともしない。
「どうだ、何かありそうだろう?」
と目を輝かせてこちらを見る友人に、
「しかし、開かないんじゃあどうにもならない。戸板を外すこともできないのか?」
と問い返すと、
「ご覧の通り、びくともしねぇ」
と首を振る。

戸を壊そうにも、内側に破片でも飛べば中の物に影響が出るだろう。

他に出入り口でもあるのかと周囲を回ってみる。一辺が一間の正方形、つまり二畳の小部屋になっているようだ。残りの三面は土壁が囲んでいるだけで、出入り口らしいものは先程の板戸以外に無い。
「ほら、寄木細工の箱ってあるだろう。決まった手順じゃないと開かねぇの」
そういう仕組があるなら、古物商の私が得意なのではないかと声を掛けたのだという。
「最悪、力技で開けて中身が傷物になっても、俺の責任ってことだろう?」。

軽口を叩きながら戸板を弄るが、何処も仕掛けがあるようには見えない。

小一時間、ああでもないこうでもないと戸板を弄り回して、結局チェーン・ソウを使うことにする。木戸の枠を残して下半分を切り抜き、大きな門の通用口のようにする算段だ。

彼がトラックから持ち出したチェーン・ソウが、轟音と排気ガスを撒き散らしながら、板の向こうへ出来るだけ刃が突き出ないよう慎重に戸板を切る。

最後の一辺を切り終え、刃を板に引っ掛けて手前に引くと板がこちらへ傾いて、カビ臭い空気が漏れ出してくる。
「うわ、なんじゃこら」。
三センチほどの厚みのある板を手前に引き摺り出すと、その内側にはびっしりと幾何学的な模様の描かれた御札が貼られていた。

嫌な予感がして木戸の裏へ手を回し、木枠と壁との境をなぞる。予想通り、そこは紙の感触がなめらかにつながっているばかりで、段差も継ぎ目も感じられない。隙間なく御札が貼り渡されているのだ。この御札でしっかりと繋ぎ止められているから、びくともしなかったのだろう。

そう告げると友人も恐る恐る手を入れて、
「こんなもん、他に入り口なんて無いのにどうやって貼ったんだ……」
と、血の気の失せていた顔を更に青くする。

それは当然、内側からしかあり得ない。

二人は部屋の中を見ることなく警察を呼び、車に並んでコーヒーを啜りながらその到着を待った。

そんな夢を見た。