第百九十三夜

 

連休前、比較的早い時間に仕事が片付いて安アパートへ帰宅できた。

肩に掛けた鞄の中の鍵を手で探りながら、蛍光灯の照らす共用廊下へ入ると、私の部屋の前に中年の男女が立っていて、ヒールの音にこちらを振り向く。

部屋に歩み寄っても二人はそこを退く気配がなく気味が悪い。鍵を失くした振りでもして引き返し、警察でも呼ぼうかと思ったとき、女性の方が私の名字を呼ぶ。こうなっては仕方がない。スマート・フォンの緊急通報をできるよう鞄の中で準備しつつ返事をする。

と、二人は名刺を差し出し、県の児童相談所の職員だと名乗る。

少し安心して名刺を受け取りながら、
「家ではほとんど寝るだけなので……」
昼の様子は殆どわからないと弁解する。そもそも周りの住人に興味も付き合いもない。

それを聞くと男性が、
「昼の間、お子さんは?」
と、眉間に皺を寄せて咎めるように尋ねられ、思わず、
「はい?」
と我ながら間の抜けた声が出る。

女性の補足によれば、私の部屋で朝から晩まで幼児の泣く声が絶えない、虐待が疑われると通報があったのだという。

誰か近所の人間の嫌がらせだろう。役場ならとっくに終業時間だろうに、嘘の通報に対応しなければならないのだから大変な仕事である。

私はこの部屋で一人暮らしをしており、子供がいるどころか妊娠もしたことがない。そう告げても男女は通報があったので、子供が居ないならそれを確認しなければいけないと頑張る。

居ないものをどう証明しろというのかはわからないが、
「部屋を見せてくれませんか。子供がいれば、必ず子供用の服や小物があるものですから」
というので、男性職員は部屋の外で待つことを条件に部屋の鍵を開けて中に入る。

部屋には化粧品と服飾品と万年床ぐらいしか無い、我ながら殺風景な部屋だ。

風呂やトイレ、棚や押入れを開けてもよいかと尋ねられ、どうぞお好きにと答える。

あちらこちらを簡単に確認して、
「本当に、お子さんはいらっしゃらないようですね。子供のためのものが一つもない」
と認めた職員に、
「嘘の通報に付き合わなきゃならないなんて、大変なお仕事ですね」
と返すと、彼女は声を震わせて、
「いえ、あなたのお帰りを待っている間にも、子供の叫び声や泣き声が聞こえていたんですけれど……」
と、顔を青くした。

そんな夢を見た。