第百七十四夜
夏の終わりにシーズンをやや外れて安くなった学生向けのプランを利用した旅行を友人から提案され、なんとか金と時間の都合を付けて参加することになった。
しかし、ターミナル駅の高速バス乗り場へ早朝に付かねばならず、自宅からでは始発に乗っても間に合わない。それならばとその駅の近くに住む友人の一人が、前日の泊まり込みを申し出てくれ、好意に甘えることにした。
夕陽を背に一度彼女の部屋の玄関まで旅行鞄を運んでから、夕食の材料を買いに出る。泊めてもらうのだから料理くらいはする、何か食べたいもの、食べられないものはあるかなどとワイワイ騒ぎながら買い物を終えて部屋に戻る。
独身女性向けのワンルーム・マンションは真新しく小奇麗で、彼女曰く心配性の父親がオート・ロックを始めあれこれ注文を付けた割に家賃の安い、掘り出し物の優良物件なのだそうだ。
その部屋の奥に初めて入ると、北欧風のシンプルなデザインの家具で統一された室内になんとも不似合いなおかっぱ頭の日本人形が、背の低い箪笥の上に立ってこちらを見つめ、薄く微笑んでいる。
ヌイグルミならともかく、人の形をしたものは和風洋風を問わず昔から苦手である。それが表情に出てしまっていたのか、
「あ、日本人形ダメ?苦手な子、多いんだよね。ごめんね」
と謝られる。多少気味は悪いが、それはたかが人形であるし、こちらも二十歳を超えた理系の学生である。
「ううん、部屋の雰囲気が洋なのに、人形は和なんだなって思っただけ。可愛いよ」
と取り繕うと、彼女は表情をぱっと明るくして
「ありがとう。よかったねヒマワリちゃん」
と人形の髪を撫でる。
お菊人形なら聞いたことがあるが、向日葵人形とは聞いたことがない。いや、あちらは所有者の名前だったか。その名の由来を訪ねると、母方の祖母の形見で、名付けたのも彼女だそうだ。曰く、
「おばあちゃんが子供の頃から、朝は東を向いていて、夕方に気付くといつの間にか西を向いてるんだって。そのまま放っておいても、次の朝にはまた東を向いてて。それで、向日葵みたいに太陽を追いかけて向きを変えるから、ヒマワリちゃん」
と。
私達の入ってきた玄関は確かに西向きであった。
そんな夢を見た。
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