第百六十四夜

 

社用車を走らせて夏の夕暮れの住宅街からの帰り道、もう午後も七時を回ったというのに空は朱に染まって、通りもまだ明るい。

薄暮。黄昏時ともいう。

こういう中を運転していると、教習所で脅しのように言われた言葉を思い出す。
――夕暮れ時は事故が多い。

すれ違う人の姿は見えても、顔までは判然と見て取れぬ。誰そ彼の語源だという。夕焼けの橙色の灯は明るいようで、ものの仔細を塗り潰してしまう。トンネルの照明に橙色のナトリウム・ランプが多いのも、トンネル内での明るさに目が慣れて、トンネルを出た先の薄闇を暗すぎると感じるのを防ぐためというのが理由の一つとも聞いた。天体観測でも、弱い星の光を見るために目を暗闇に慣れさせたままにするため、手元を照らす必要があるときには懐中電灯に赤いセロファンを掛けるという。

信号機の無い細い路地の続く住宅街では尚のことと気を引き締めながら、十分に速度を落として左折するや否や、電柱の影から自転車に乗った学生服姿の男子が車の前に飛び出してきて、心臓が大きく鳴る。

強くブレーキを踏む私の前を、バランスを崩しながら横切って、彼は車の後ろへ向かう。右折をするつもりだったのだろう。

轢かずに済んだことへの安堵と、左側通行を守らない学生への怒りと、それを徹底しない行政への不満とが頭の中を駆け巡るのに半秒もかからなかった。そして、せめて注意の一つもしてやろうかとルーム・ミラーに目をやるが、そこに自転車の影は無い。

慌てて車を降りて路地を見回しても、やはり彼の姿はどこにも無い。ただ、件の電柱の足元に供えられた花束が、夕陽の中で橙色に佇んでいるのだった。

そんな夢を見た。