第百四十五夜

 

塩を振った馬刺しの強い旨味をアテに芋焼酎を飲んでいると、上司が「ちょっと失礼」と言ってスマート・フォンを取り出す。

奥方への連絡でも忘れていたのだろうと皆少しだけ声を抑えつつ各々の会話を続けるが、彼は暫く画面を操作しては首を傾げ、また何やら画面を操作して首を傾げる。
「奥さん、どうかしましたか?」
と気を遣った新人に上司は、
「いや、妻のことじゃなくて……」。
また首を傾げて唸るので皆気になり、勿体付けるのは良くないと囃したところ、
「大したことじゃないんだが」
と前置きして、上司が語り始める。

昔から鉄道が好きで、特に路線図を追いながら地図を読み、辺りの景色を想像して遊ぶような子供だった。だから中学の頃には日本の路線はほとんど覚えてしまっていたし、社会人になってからは結婚するまでの間、休日と言えばあちこちの路線を飛び回っていた。

今、後ろの席で年配の男が列車の話をしているのが耳に入って、つい盗み聞きをしていたのだが、それが妙だ。

一都二県に跨るT線のH駅付近に、男の当時の自宅が有った。駅前で晩くまで飲んだ帰りにI駅方面の自宅へ線路沿いに歩いて帰った。しばらく歩いて明るく照らされた踏切へ差し掛かると、不意にジッという音とともに蛍光灯が切れて辺りが闇に包まれて肝が潰れた。と、間もなく警告灯が点滅を始め、遮断器が下がった。

それだけならば古くなった蛍光灯が切れただけ、その瞬間にちょうど遮断器が下がっただけの偶然だと思うのだが、
「線路には何にも見えないのに、列車の音と風だけ、ブワーッと過ぎて行ってね、それが終わると直ぐに遮断器も上がって、灯りも元に戻ったんだよ。ありゃ、幽霊列車って奴だったんじゃないかな」。

そこまで話し終えた上司へ、誰かが、
「妙な話といえば妙ですけど、怪談としては普通じゃないんですか?」
と茶々を入れる。上司は顎をさすりながら、
「T線にはね、I駅なんて名前の駅は無いんだ。記憶違いか、それとも廃駅か新駅で僕が知らないだけかと思って検索してみたんだけどね、やっぱり見当たらない。列車じゃなくて、駅舎の方が幽霊だったのかなぁ」
と、また首を傾げて唸った。

そんな夢を見た。