第百四十四夜
一ヶ月ぶりに取引先を訪ね、担当者に応接室へ招かれて中に入ると違和感を覚えた。
入口の扉の正面は大きな窓、部屋の中央に硝子の天板の卓、手前と奥とに革張りのソファ、部屋の四隅には観葉植物が置かれている。壁には、のどかで明るい林が描かれた大きな油絵が掛けられている。
どちらも、以前来たときと変わりはないように思う。強いて言えば、一ヶ月の間に観葉植物が少々成長したかもしれない。
担当者に促されてソファへ腰掛けると、私の様子が余程上の空に見えたのだろう、
「どうかなさいましたか?」
と担当者が小首を傾げる。正直に、
「いえ、以前に伺ったときと、何か様子が違うなと……」
と言うや否や彼は、
「おお、よくお気付きですね」
と目を丸くする。
「いや、具体的に何が変わったかはわからないのですが……」
と口籠ると、彼は背後の油絵を振り返って、
「あの絵です。何か寂しいでしょう」
と言ってこちらに水を向ける。
暫くじっと絵を見つめて思い付き、
「ひょっとして、小鳥が居なくなりました?」
と尋ねると、彼は幾度も頷く。
しかし、折角の小鳥をわざわざ消して間の抜けた寂しい絵画に塗り直させる必要があるとも思えない。何か理由があるのかと尋ねると、彼はこめかみを指で掻き、
「信じられないかもしれませんが」
と前置きして、
「猫なんです、招き猫。ちょっと待ってて下さいね」
と言って応接室を出る。
直ぐに戻ってきた彼の手には、寝大仏よろしく右肘を枕にごろりと横になった姿で腹に小判を抱えた陶器の招き猫が抱えられている。思わず、
「珍しい形の招き猫ですね。そもそも、手を招いていないのが特に」
と素直な感想が口を突く。
「ええ」
と彼は神妙な面持ちで、
「以前はこれ、普通の招き猫だったんです。社長が骨董市で安く買ってきた物で、暫くこの部屋に飾っていたのですが……」
と言われ、一ヶ月前、確かにこの卓の硝子天板の下に、他の小物と一緒に飾られていたのを思い出す。ただし、ごく普通の招き猫の置物が、である。彼は続ける。
「暫く誰も気づかなかったんですが、飾り始めてから二週間ほど経って、掃除に入った社員が絵の鳥が減っていると言い出しまして。初めは勘違いか悪戯だろうと思っていたのですが、遂に絵の小鳥が一匹も居なくなり、写真を見比べてやっぱりおかしいと。そこで色々調べたところ、猫がこのポーズになって居たんです。たらふく小鳥を食べて随分と肥ったものだから、しゃがんで招くポーズが取れなくなったんでしょうね」。
彼はそう言うと、丸々と膨らんだ猫のつるりと白い腹を指で撫でた。
そんな夢を見た。
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