第百四十夜

 

夜の繁華街を歩いていると、酒に酔った男達が露骨な視線をこちらへ送る。中には声を掛けてくる者もいるが、勘違いされては困る。ここを狩場にしているのは私の方なのだから。

言い寄る男を「シャー」と威嚇して追い払って適当な路地裏へ入ると、丸々と肥った獲物が直ぐに見つかった。

都会で緑と言えば、せいぜい点在する公園ぐらいしか残っていないのは事実だ。が、繁華街の路地裏には常に飲食店の出す生ゴミが溢れ、それを糧に多くの鼠が棲み着いているのである。

思わず舌舐めずりをしていると、背後から、
「センパイ!」
と場違いに明るく大きな女の声が響き、驚いた鼠達が一斉に物陰へ隠れてしまう。狩りの邪魔をした、聞き覚えのない声の主を振り返ると、緩やかなウェーブの掛かった赤髪の女が立っている。ヘソの上までしか丈のないTシャツにデニムのホット・パンツ、それも明らかにサイズが小さすぎてはちきれそうな服装は繁華街に相応しい。顔立ちからして明らかに日本人でなく、イントネーションに違和感のあったのはそのためだろう。
「いや、アンタみたいな後輩がいた覚えは無いし、アンタのせいで鼠逃げちゃったんだけど」
と睨むと、彼女はヘソの前からホット・パンツの中に右手を突っ込み、
「ハイ、ネズミなら、センパイへのゴアイサツにヨーイしてマス」
と、活きの良い鼠を取り出してこちらへ投げる。なんと下品な手品かと考える一方、本能的というか反射的というか、身体が勝手に鼠の首に歯を立てようとするのをなんとか抑え、飛んできた鼠の首根っこを手で抓む。
「いや、アンタの股間から出てきた鼠とかちょっと食べたくないんだけど……」
「ノー、コカン違いマス!フクロね!」
「袋?」
「イエス!ダイジな赤チャン育てるネ。ワタシ、カンガルームスメ言いマス。ネコムスメセンパイ、会いたかったネ!」。
 ひとまず鼠を彼女に返し、人目に付かぬよう近場の神社へ移動することにする。全力で走る私にピョンピョンと両脚で跳ねながら付いてくるので、どうやら本当にカンガルーの妖怪らしい。

境内に着いて詳しい話を聞くと、彼女はオーストラリア出身のカンガルーの因縁で生まれたカンガルー娘だという。犬猫の皮革よりずっと安価に手に入るというので、皮だけがはるばる海を渡って三味線の皮に使われているのだそうだ。三味線の皮という共通点でもって、彼女にとって私は先輩にあたるのだと、彼女は片言の日本語で何故か自慢気に大きな胸を張って主張する。

まあ、悪い奴ではなさそうだし、妖怪仲間の姿を見るのも珍しくなってきた昨今、新しい仲間と付き合うのも悪くないかと握手を交わすと、彼女は無邪気に飛び跳ねて喜んだ。
「ところでさ……」
ふと、彼女のTシャツの張り詰めた胸元が、ブラをしている様子もないのに全くなめらかなのが気になって、
「それって、ニプレスか何か貼ってんの?」
と尋ねる。と、彼女は得意気にズボンの手前を引っ張り、
「ユータイルイのニップルはフクロの中デース」
とその中を指で示しながらカラカラと笑った。

そんな夢を見た。

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