第百十七夜

 

昼食を終えてデスクに戻り、午後の始業まで目を休めようと目薬を注して目頭を押さえていると、
「先輩、ちょっと相談があるんですけど」
と声を掛けられた。目を閉じたまま、
「え、今?」
と返すと、
「はい、何というか、ちょっとプライベートなことなので仕事中は不味いかと思いまして」
と神妙な様子である。

何かと尋ねると、
「先輩、虫に詳しいんでしたよね」
と前置きし、彼はコンタクトレンズのケースを差し出す。それに虫が入っているということだろうか。だとすれば余り大きな虫ではなさそうだ。受け取って蓋をひねろうとして気付く。
「あ。生きてる?飛んで逃げたりしない?」
「大丈夫です。もともと動きは鈍いみたいですし、捕まえた後に殺虫剤も掛けましたから」

それならということで、虫の入っているというRの刻印された蓋を撚ると、小柄な天道虫ほどの茶色い昆虫の死骸が現れた。

羽は濃淡二色の茶で塗り分けられた斑模様で、
「ああ、カツオブシムシだ」
と一目で分かる。可愛い後輩の期待を裏切らずに済んで、内心胸を撫で下ろす。

頭上に疑問符を浮かべている彼に説明する。
「名前の通り、鰹節みたいなタンパク質を好んで食べる、よくいる箪笥の害虫だよ。家で見つけたんなら、特に、絹のハンカチやらネクタイなんかが食われるから気を付けたほうがいい」
「ええ、見つけたのは僕のアパートなんですけれど……」
と歯切れが悪い。けどどうしたと促すと、箪笥は実家の母親に言われてかなり厳重に防虫剤を入れていて、
「今のアパートに引っ越すまで、学生で独り暮らしをしている頃から一度もこんな虫を見たことがないんです」
と顔をしかめる。
「まあ、こういうのは対策をしていても出るときは出るものさ」
と慰めるも、
「なんというかちょっと、違うんです」
「うん?」
「天井から降ってくるんです、引っ越してから……」
と、暗い顔で言うのを聞いて、嫌な考えが脳裏をよぎる。
「そういうことなら、大家なり不動産屋なりに連絡をした方がいいかもしれない。どんな部屋を借りてるか知らないけれど、自分で天井裏とか通風口とかを確認するのはやめておいたほうがいいだろうなぁ」。

何故なら、そこには多量のタンパク質を供給する何かがきっとあるのだから。

そんな夢を見た。