第百十四夜

 

ハイキングに出掛けて見付けた山小屋風の喫茶店で、静かに珈琲を楽しんでいると、ピィピィと力強い鳥の声が窓外から聞こえた。

それに釣られて庭に目を向けると、冬の陽のよく当たる斜面に黄色い実を付けた常緑樹が見える。柑橘の類だろう。その力強い緑色の葉の陰に、もぞもぞと枯れ草色の生き物がが忙しなく飛び跳ねている。

薪ストーブの脇の棚でうるさそうに耳を伏せて寝ている虎猫へ手の空いた店主が近寄る。その頭を撫でながら、
「メジロの声ですね。最近ではここらでも余り聞かなくなったものですが、珍しい」
と、どの客へともなく言い、店内からはちらほらと感想が漏れる。その中で、
「でも……」
と初老の男が声を高くする。
「木に居るのは茶色い、ウグイスばかりに見えます」。
「え」と声を漏らした店主は目を細めて木を見つめ、
「おお、ウグイスの群れに一羽だけ、メジロが紛れているみたいですね。綺麗な緑色の鳥が、ほら、左下の辺りに……」
と、猫を撫でていた手で指し示す。

鮮やかなウグイス色の羽をしているのはメジロで、ウグイスは地味な枯れ草色というのは有名だが、そのウグイス色をメジロ色と呼び直すことにしようという話は一向に聞かない。不思議なものだ。

そんなことを思っていると、どこかからご婦人の声で、
「ウグイスの群れにずっといたら、メジロも上手に鳴けるようになるのかしら。ホーホケキョって」
と聞こえてきた。

ウグイスも、若いうちは鳴くのが下手で、先輩の鳴き声を真似て上達するとか、地域によって多少鳴き方に違いがあるものと聞く。つまり、あの鳴き方は学習によるところが大きいわけだ。許されるなら大勢のウグイスとメジロ一羽とを捕まえて、実験飼育したいものだ。
「メジロだって、鳴き合わせがされるくらいいい声じゃないか」
と、ご婦人の隣りに座る男性が口を尖らせる。二人は夫婦だろうか。
「誰も悪い声とは言ってませんよ。高く響いていい声だったわ。でも、群れのウグイスからしたら、甲高くて耳障りじゃないかしら」
「それはメジロが可哀想じゃないか。メジロはメジロの好きなように鳴いたらいいさ」
「でも、郷に入っては郷に従え。ずっと群れに居たいなら、やっぱりウグイスみたいに鳴けた方が……。あいつは所詮メジロだから、ウグイスみたいに鳴けなくても仕方がないなんて回りに思われていたら、何だか仲間外れみたい。それこそ可哀想じゃないかしら」。

ご婦人の優しい言葉にご主人は「それもそうか」と頷いて、眩しそうに窓外を振り向いて木立を見つめる。

店主を振り返ると、同じように窓外に顔を向けたまま、虎猫の背をゆっくりと撫でていた。

そんな夢を見た。

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