第十一夜

夜の山道を下り、冬枯れた水田に挟まれた交差点で信号に引っ掛かると、辻を四隅から照らす街灯の明るさに安堵する。山の中に慣れた目には、昼のように明るいといっても大袈裟ではない。人間というのはつくづく昼行性の動物なのだと痛感する。そう運転席の男に同意を求めると、彼は一旦肯定して、しかし、
「ただね、街の中には街の中の、怖さだってありますよ」
と言う。何か噂でもあるのかと水を向けると、
「愉快な話じゃありませんから」
と渋る。自分から切り出しておいてそれはあんまりだ、気になるじゃないかと促すと、彼も話したがっていたのだろう、信号が変わってアクセルを踏むと同時に、存外すらすらと語り出した。

この街の中心部に小学校がある。学校から道を一本渡ると片側三車線の大きな幹線道路があって、通学路として危険なのは誰の目にも明らかだ。しかし、財政の都合というものがある。その幹線道路を渡らずに学校へ行けるようにするには道の反対側に学校を作らねばならないが、そちら側の人口が余程増えない限り難しい。そういうわけで通学路は、最低限のガードレールが設けられただけで放置されていた。

ふた昔ほど前、残念なことに一人の少女が登校中の交通事故で亡くなった。近所の者は皆大いに哀しむとともに、当然予想できた事故を防げなかった、防ごうとしなかった己が身を恥じたという。

その後、若者を中心に怪談話が噂されるようになった。あの事故のあった交差点に、少女の霊が出て、自動車に事故を起こさせる。いや、犯人を探して恨みを晴らそうとしているだけで、無関係の者には無害だ。いやいや、犯人は飲酒運転だったから、少女の霊は酒を飲んで運転している者だけを襲うのだ。云々。

大きな交差点で赤信号に捕まって、ナトリウム灯の橙色に照らされた彼が沈黙したので、
「確かに、趣味の良い噂ではないね」
と、率直な意見を述べ、彼の前置きに同意した。無辜の少女が浮かばれず、霊となって彷徨い人を殺めるなどとは、死者への冒涜も甚だしい。ところが、
「それで終わりなら、まだマシだったんですよ」
と、彼は忌々しそうに「噂の『お陰で』ね」と強調して続けた。

その交差点では特に夏場の深夜、敢えて飲酒運転をする『肝試し』が流行し、次々に事故が起きた。事故が起きる度に噂に尾鰭が付き、それを面白がって『肝試し』が増える。
「無責任な噂を流すのも、それに乗せられて犯罪を犯すのも、人間なんですよね」

そんな夢を見た。

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