第六百四十三夜

 

学校から、近所に刃物を持った不審者が現れたとの連絡があった。現在校内に残っていた生徒は下校をさせずに留め置くので親族が迎えに来られる場合は迎えに来い、そうでなければ警察から安全の確認が取れたと連絡が来るまでは学校で預かるという。

不審者の出たというのが近所のコンビニエンス・ストアで、娘の通学路の途中だ。都合よく在宅勤務日だったため娘の緊急事態だと断りを入れて中座して学校に急ぐ。が、点呼をしたところ娘は既に下校済みだったらしく、教室には待機していないという。
「途中ですれ違いませんでしたか?」
と間抜けなことを言う担任に背を向けて早足で廊下を抜け、昇降口で靴を履いて駆け出す。途中すれ違っていて気付いたならわざわざ学校まで来る訳がなかろうが。

校門を出て辺りを見回し、娘の名前を呼びながらあてもなく早足に歩いて回る。と、不審者の捜索に来ていたらしい警官に声を掛けられて事情を説明すると警察でも捜索にあたってくれるとのことで、連絡先を交換する。要領よく娘の特徴を無線で連絡する姿が頼もしく見える彼とくれぐれもよろしくと頭を下げて別れ、再び娘を探す。

通学路を順に下り、途中公園を見回し、しかし娘の姿は見つからぬまま自宅に着く。もしかしたら本当に何処かですれ違って既に帰宅しているかもしれない、そうであってくれと願いながら戸を開けるが、玄関に娘の靴はない。それでもひょっとしたら靴を脱がずに家へ上がっているのではと娘の名を呼びながら狭い家の中を探し回る。が、やはり娘の姿はない。

と、ポケットの中でスマート・フォンが鳴る。知らぬ番号だが出てみると女性の警官で、娘を保護したという。居場所を聞かれて、念の為に自宅へ戻ったところだと答えると、覆面パトカーで送ってくれるというのでお言葉に甘えることにする。せめてお茶でも淹れなければ、何か来客用のお菓子でもあったかとあたふたしているうちに玄関の呼び鈴が鳴らされ、慌ててとを開けると警察官二人の足元に娘がきょとんと立っていた。

ご無事で何より、職務ですからと謙虚さを崩さぬ彼らに幾度も頭を下げ、娘と車を見送る。

娘を連れて居間に戻るとすっかり気疲れして、会社への報告もとりあえず放っておいて二人でお八つにする。

少し落ち着いて、警官の言葉を思い出す。娘の見つかったのは通学路から少し離れた神社の境内だったという。どうしてそんな所にいたのか娘に問うと、
「ミケさんがね、ついてこいって」
との返事だ。どういうことかと尋ねると、通学路の途中のコンビニに、野良らしき三毛猫が住み着いているらしい。大方コンビニの客に餌をねだっているのだろう。娘は登下校中に時折その姿を見かけ、かねて触りたいと思っていたそうだ。しかし、猫は落ち着きが無く、動きが激しく、声の大きい子供を余り好まない。それでいつも避けられていたのだが、今日は違った。コンビニの脇に丸まっていたその三毛猫が娘に気付くとゆっくりと起き上がり、何処かへ歩いてゆく。後をつけてみると時折振り返るが、いつものように何処かの家の庭に逃げ込むこと無く神社に入り、日当たりの良い大きな庭石に寝そべるとそこで日向ぼっこを始めたそうだ。
「それでね、初めて撫でさせてくれたの。暖かくて柔らかくてすべすべなの」
と嬉しそうに報告する娘に、警察だけでなくその猫にも菓子折りを持っていかねばと考えながら頷き返した。

そんな夢を見た。