第三百八十三夜

 

このご時世で勤め先が無くなって、それでも伝を辿ってどうにか不動産屋に拾ってもらい、二週間ほど仕事を教えてもらった後、盆は「休み中に覚えておけ」と出された宿題を慣れないながらどうにかこなすのに費やした。

休みが開けてそれを提出すると、
「空いているうちに社用車の説明をするから付いてきて」
と電子鍵を渡されて、店の裏手の駐車場へ案内される。
「その鍵が近くにあればセンサで……」
と説明を受け、その通りにドアノブに指を回すとハザードが点滅してゴトリと重い音がする。これで錠が解除されたらしい。

関心する私を上司が促してドアを開けると、まだ午前中だというのに灼熱の外気より更に暑い熱気が溢れてくる。

フロント・ウインドウの日除けを丸め、
「本来は助手席に置くんだけど、今は僕がいるから」
と、上司が半身を捻ってそれを後部座席へ片付ける。
「エンジンの掛け方は、ブレーキを踏みながらこれを押すだけ」
と、ハンドルの脇のボタンを指すので、それに従う。
うんともすんとも言わない。
「へぇ、静かなものですね」
と素直に感想を述べる私の言葉に、しかし上司は首を傾げ、ボタンの上に手をかざして日陰を作って目を細める。続いてダッシュボードを指差しながら、
「いや、これはおかしい。電子鍵の電池切れかな?」
「でも、ドアのロックを解除したばかりですよね」
「それもそうか。どうしたんだろう」
と、座り直してグローブ・ボックスを開ける。中に説明書でも入っているのだろうと思うや否や、
「ああ、そうか」
と上司が手を叩く。狐につままれた思いの私を他所に、彼はグローブ・ボックスからワンカップの清酒、タバコの箱、線香一束を取り出してダッシュ・ボードに並べ、
「済まないけど、コンビニでも何処でも好いから、同じのを買って来て」
と、財布から千円札を抜き出して私に差し出す。私がそれを受け取ると、
「いつもは四月に新しくするんだけど、今年はあの時期、色々忙しくてほったらかしだったんだなぁ」
と、ダッシュボードの上をしげしげと見つめた。

そんな夢を見た。

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