第四十二夜 散歩に出たはいいものの、五月の湿った空気に強い陽光が加わって蒸し暑い。 交差点の向こうに公園らしき茂みを見付けて、どこか腰を下ろせる日陰でもないものかと探しに入ることにする。 幸い入ってすぐ、楠の木の大木の陰 […]
第四十一夜 もぐもぐもぐと口を口を動かす度に、しゃりしゃりしゃりと音がして、口中に爽やかな柑橘の香りが広がる。 ――やはり葉っぱは柑橘類に限る。 そう考えながらひとしきり口を動かし、足下の葉を三分の一ほど食べ終えたところ […]
第三十夜 窓を叩く雨音に気が付くと、キィ・ボードに手を乗せたまま舟を漕いでいた。無理な格好で頭の重量を支えたために、首の後ろの筋肉が凝って頭痛がする。心拍に合わせて目の奥から後頭部へ、重い痛みがうねるように襲う。天気が悪 […]
第三十三夜 目の前を蝿が飛ぶのが見えたので、舌を伸ばして捕らえて口へ運ぶ。シャリシャリとした顎触りが心地好い。動かなくなったのを確かめてから嚥下する。腹の中で暴れられると不愉快なのである。 と、視界の隅に朱く細長いものが […]
第三十夜 事務所で机に向かいカタカタとキィ・ボードを打っていると、「こんにちはー」と語尾の間延びした大声とともに長い茶髪の女性が入ってくる。 仕事上の知り合いで、まだ若いのにこれでもかと派手な服装と化粧をしていることも含 […]
第二十八夜 職場の入ったビル一階のエレベータ・ホール。上層階直通のこのエレベータを利用する者は他にいないらしく、私だけが扉の前、正面から身体半分左へずれた位置に立ち、到着を待っている。 ポンと音が鳴ってエレベータの扉が開 […]
第二十七夜 指に巻いた縄を肩に担ぎ、満月の低く昇る山道を登る。酒屋の主人と酒代を負ける負けないを決めるのに指した将棋が長引いて、家路に着くのが遅くなった。勝って上機嫌の奴さんが提灯をと申し出たのを、負けて負からなかった口 […]
第二十三夜 引っ越しの初日、粗方の荷解きを終えて風呂に入った。目を閉じて洗髪をしていると、不意に瞼の向こうが暗くなった。風呂に入る前に特に電気を喰う機械を動かしっ放しにした覚えも無く、一人暮らしの身で友人を招いているわけ […]
第二十二夜 「お客人、お客人」 と涼しくも艶のある声に呼ばれて辺りを見回す。背後には宿坊の濡れ縁、目の前には冬枯れの枝ぶりからも秋の紅葉の目に浮かぶような楓に囲まれ覆われた池の水面。人の姿はどこにもない。 「お目をもそっ […]
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