第九十四夜
学生街のアパートへ、酒と肴の入ったビニル袋を提げて友人を尋ねた。
キャンパスにほど近い都内の一等地に有りながら破格の家賃で、貧乏学生には有り難いのだそうだ。
大学へも駅へも徒歩二分など羨ましい限りと声を上げる友人たちに、値段にはやはりそれなりの訳があるのだと彼は言う。といっても決して事故物件というのではない。
単純に古いのである。建物は戦前からの木造モルタルで修繕を繰り返しながらだましだまし使っているから、四畳半に押入れ一つの小さな部屋には雨漏りや隙間風がサービスで付属している。便所は共同の汲み取り式が一箇所だけで、裸電球ひとつが天井からぶら下がっている。当然の如く風呂は無いので、必要に応じてこれまた年季の入った近所の銭湯へ出向く必要がある。
「しかし、それだけ古いのなら、借り主の誰かがこの部屋で亡くなったこともあるんじゃないのかね」
と意地悪く指摘する者に、
「二十歳かそこらの学生しか入れなから、そういうこともないそうだ」
と、部屋の主は静かに返す。
彼の目が硝子の掃き出し窓へ向けられるのに釣られてそちらを見る。窓硝子の直ぐ外、地面の高さに、部屋の明かりに照らされた青白い何かが見えて思わずワッと声を上げる。
その声に驚いた友人たちも釣られてそちらを見、各々驚きの声を上げる。
が、彼は平然と言ってグラスを傾ける。
「ああすまん。ありゃただの産着だ」。
曰く、割り箸で簡単な十字を組んで庭に刺し、それに産着を着せて立てているのだという。
それは一体何のマジナイか、彼女もいなくて産着とは何事かと口々に尋ねると、彼は如何にも迷惑そうに眉根を寄せ、しかし口の端には微かな笑みを浮かべつつ答えた。
つい今朝方、この部屋でレポートを書いていると宅配業者がこの産着を持ってやってきた。勿論、彼の買ったものではない。ただ少々心当たりがあり、かつ中古品のため代引き手数料を含めても大した値段でもないから受け取った。後は見ての通り、地面に付いて汚れぬように工夫をして庭に立ててあるという。
「で、その心当たりってのは?」
「ここの軒下に狸が住み着いててな。最近お腹が大きくなっていたんだ」。
そんな夢を見た。
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