第六百六十二夜
さして大型でもない連休の最終日は生憎、一日中雨の予報だった。少なくなった食料を午前中に買い出しに出掛け、圧力鍋に適当な煮込み料理を仕込む。
冷凍食品のチャーハンと餃子を片手に、昔懐かしいテレビ・ドラマがネット配信されているのを見付けてダラダラと眺めながらビールを飲む。
二話目の途中で用を足しに席を立ち、ついでに皿を洗う。ドラマの続きを見るのに酒を開けるか、鍋の煮物が出来上がってからの晩酌を待つか悩んでいると、スマート・フォンに連絡が入る。
仕事で知り合った翻訳家で、何故だかよく懐かれている。メッセージアプリに曰く連休中に山奥へ旅行に出たそうだ。こちらとは違い豪雨と呼んで差し支えのない大雨で、都市部の観光なら兎も角、山歩きはとても出来そうにない。宿の窓から外を眺めるのにもそろそろ飽きた。宿の人に美味い地酒を勧められたので、もし暇なら所謂リモート飲み会でもどうかという。
ちょうど酒を続けるかどうか悩んでいたところだから、都合が良いといえば都合が良い。焼き鳥の缶詰を開けてレンジに掛け、PCのビデオチャット・アプリから彼のIDを探して繋ぐと、彼は興奮した様子で部屋の床の間の掛け軸、活けられた花、畳や襖を映し、本物の侘び寂びの片鱗でも味わえて自分は実に幸福だ、今日は山中の古いお堂を訪ねる予定だったのだが、それが出来ないことだけは心残りだと言う。
BGM代わりにドラマを流しながら、今回の旅行の成果を語る彼へ適当に相槌を打ちながらちびちびと酒を飲んでいると、音声に時折ノイズが走る。通信の都合か、マイクかスピーカの具合が悪いのか。聞き耳を立ててみるとどうやらPCのスピーカからだけ、時折ノイズが聞こえるようだ。
画面に映るこちらの様子を不審に思ったのだろう、何をしているのかと尋ねられ、ノイズの出処をチェックしているのだと答えると画面の向こうが急に反転し、宿の窓と壁とが映る。
「ほら、こうして窓を開けているから、それで雨音がするんだろう。きっとノイズ・キャンセラのソフトがそれを消すか消さないかの判断を迷うから聞こえたり聞こえなくなったりするんだ」。
そう説明する彼に、その雨の中では窓を開けておくべきでないと言うと、
「僕らは……少なくとも古い考えの持ち主に育てられたドイツ人は、締め切った部屋では息苦しくて死んでしまうんだ。換気、大事」
と首を手で締めるフリをし、白目を剥いて舌を出して見せた。
そんな夢を見た。
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