第六十六夜

盆に帰省をしないならと誘われて、日の暮れた頃に酒と肴を持ち寄り酒宴を開くことになった。

友人宅へ着くと、
「遅かったじゃないか」
と出迎える部屋の主の顔は既に赤い。家が遠いのだからと返しながら靴を脱ぎ、酒と肴の入った買い物袋を差し出すと、彼は礼を言いながら先に奥へ行くよう促す。

扉を潜ると、座卓に向かい青い顔でスルメを齧る者と、ソファに仰向けになって真っ赤な顔を手で扇いでいる者とがくるりとこちらを振り向くので、各々と挨拶を交わす。外を歩いてきたから、冷房のよく効いた部屋の空気が心地好い。

座卓のうちグラスも缶も置かれていない辺を探して腰を下ろすと部屋の主が戻ってくる。一通り冷蔵庫に仕舞ったから、飲み物なり食い物なり、必要なときに言ってくれと言いながら冷えたグラスを寄越す。青い顔の男が「ほら」とビールを注いでくれ、赤ら顔が楽しそうに独り言を呟きながらソファを転がるのを横目に三人で乾杯をする。

暫くすると、青い顔の酒が切れた。酒が顔に出ないらしく、顔色一つ変えずにちびちびと飲み続けるのが常で、以前楽しいのかと問うたところ、美味いから呑むのだと返されて妙に感心した覚えがある。

その彼が座卓の下を覗き込み、首に茶色い麻縄を巻いた貧乏徳利を取り出す。なかなか風情があると感心すると、彼は赤ら顔を顎で指し、
「あいつが持ってきたらしい」
と言って、ソファへ向かって開けてもよいか尋ねる。

赤ら顔は焦点の定まらぬ目でこちらを見、
「おお、それそれ」
と大声を出していかにも愉快そうに笑って話し始める。
「それが不思議なもんでなぁ……」

呂律の回らぬ彼の言葉を幾度も聞き直したところ、その貧乏徳利は最寄り駅からここへ来る途中の神社で、境内に転がっているのを見付けて持ってきたものだという。
「いい大人がそんなものを拾うものか」
「神社の物を持ち去るとは罰当たりな」
「他人の部屋に拾ったものを持ち込むな」
三者三様に非難の声を上げるもので赤ら顔は「文句があるなら独りで呑む」と癇癪を起こして徳利をひったくり、立ったまま栓を抜いて口を付ける。その僅かな時間のうちに林檎のような甘く上品な香りが漂う。さぞ上等の日本酒に違いない。

と、赤ら顔は口に含んだ酒を吹き出し、腰を抜かして徳利を放り出しソファに倒れ込む。
「へ、蛇だ!」

部屋を汚されて文句を言う部屋の主の横で青い顔は貧乏徳利を拾い栓をする。蛇とは何かと尋ねると、すっかり気色を失った赤ら顔はしどろもどろになりながら、硬い物が当たって不審に思い口を離してみると、徳利の口から小さな蛇が顔を覗かせていたのだと言う。
「ついて行ってやるから、神社へ返しに行って謝ろう」
青い顔が淡々というと、すっかり土気色の赤ら顔は小さくなって頷いた。

そんな夢を見た。

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