第五百九十七夜

 

保育所から娘の手を引いて帰宅し、夕飯の下ごしらえをしていると、妻から後三十分ほどで帰宅する旨の連絡が入った。

それなら帰宅を待って一緒に食べようと娘に告げると彼女は力一杯に頷いて、何を思い付いたのかおもむろに布巾で手の水気を拭いコート掛けに下げた保育所の黄色い鞄に駆け寄る。

中から彼女の掌より一回り大きい紙を取り出して、再びこちらへ駆けて来て曰く、今日保育所でお絵描きをしたものらしく、それを妻に見せたいそうだ。
「はい」と渡されたそれを手に取ると、子供の力と器用さでよくこんなにもと思うほど几帳面に小さく折り畳まれた分厚い画用紙だった。

開いて中を見てもよいかと尋ねると、
「お父さんにはわからないと思うけど、いいよ」
と何故か誇らしげに言う。私にはわからないとはどういうことか、妻にならわかるということだろうか。脳裏に疑問符を浮かべながらも丁寧に画用紙を広げると、側頭部の膨れた禿頭に小さな四肢の付いた人物画らしきものが現れた。頭部は妖怪のぬらりひょんとか、宇宙人のグレイとかいったものに似ている。ただ、二つの目と思われる位置には白目も黒目もない、ただただ真っ赤に塗り潰された吊り目気味のアーモンド型が並んで、その下に同じく真っ赤な三日月形が、小さな笑みに見えるように配置されている。

思わずぎょっとするのを表情に出さぬよう努めながら大袈裟に首を傾げて見せ、これは誰を描いたものかと尋ねると、娘は知らないと答える。どういうことかと尋ねてみると、
「名前は知らないの。いつもお母さんの頭の後ろあたりにいるの」
と言って、ケーブル・テレビのアニメを見に居間へ行ってしまった。
果たしてこれを妻に見せるべきなのかどうか思案しながら、米を研いで鍋を火に掛けた。

そんな夢を見た。

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