第五百八十九夜

 

今年は久し振りに行動制限の無いお盆だからと父が煩く、世の帰省ラッシュが済んでから多少安く、また人も少なくなったであろう夜行バスで実家に帰った。時期に自由が利くのが学生の楽なところで、金銭に自由が利かないのが辛いところだ。硬い座席と周囲のイビキとで碌に休めず、バスを降りて地元の列車で最寄り駅へ向かうまで暫く目を閉じたものの、駅からの町並みを懐かしむ余裕も無く帰宅する。

出迎えてくれた弟にお土産を渡しながら碌に眠れていないから一眠りしたいと伝え、自室に荷物を置いて直ぐ風呂に入る。

さっぱりしたところで自室に戻ると、ベッドからは干したてのシーツの香りがする。母がわざわざ用意してくれていたのだろう。感謝しながら横たわって目を瞑る。

と、何やら横合いから嫌な雰囲気を感じる。街中でそれを感じて振り返ればこちらを睨むカラスでも居そうな、恨めしげな視線のような感覚だ。

こちとら眠りたいのだと腹立ち紛れに目を開けて、視線の元を確かめるべく寝返りをうつと、勉強机が見える。ちょっと身を起こしてみるとその中央に見覚えのある一冊の漫画本が置かれていて、思わず声が出た。

それは私のものではない。小学校高学年の頃、級友の一人が置いていったものだ。当時は名前を聞いたことのなかった作者のホラー漫画で、どうにも気味が悪く所有していたくないから貰ってくれないかと言われた。だったら自分で捨てればよかろうとの提案に、恨まれたり呪われたりしそうで怖いからと、彼女は結局その本を置いて帰ったのだった。翌日の学校で文句を言うと「怖くないなら捨ててほしい」とのご要望を受け、その月の古紙回収に出した。が、その日学校から帰ると、一体何がどうしたものか、机の上にその本が置かれていた。当時古紙を出すのは新聞のスクラップをしていた父の仕事で、漫画本を戻したかと尋ねると不思議そうな目で身に覚えはないと言われたのを覚えている。以来、滅多に読まぬ本や漫画を蔵っておく段ボール箱へ突っ込んでそのままにしていたはずだ。

部屋の戸がノックされ、遠慮勝ちに細く開けられたドアの隙間からどうかしたのかと弟が顔を覗かせる。事情を説明すると彼は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をし、数秒の間を開けて申し訳無さそうに、
「それ、俺がやった」
と白状する。どういうことかと尋ねると、本の持ち主が遊びにやってきたとき、弟もその場で一緒に遊んでいたのだと言う。臆病な性格と妙に几帳面な性分とが相まって、本は彼女が捨てるなりお祓いをしてもらうべきで、その呪いを私や家族が被るのは筋違いだ、だから私がきちんと彼女にその本を返すべきだと彼は考えた。小学生の頃、回収されるはずの古紙の束から私の机にその本を戻したのは彼だったのだ。

しかし、今回はどうだろう。段ボールの中に入れ放しだったはずなのに。
「それは単に記憶違いというか、忘れているだけでしょ。一人暮らしに出る前に荷物を片付けるって言って、子供の頃の漫画をまとめて出していたじゃない」。
そう言われてようやく思い出し、
「だったらちゃんと『返して来い』って言いなさいよ」
と口を突いて出た恨み言は、我ながらなんとも情けない声色だった。

そんな夢を見た。

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