第五百五十八夜
夕食後、山の夜風に当たりながら酒を飲んでいて、標高が多少高いせいもあるのだろう、五月晴れの陽射しに慣れた身体が少々冷えてきた。部屋に置かれた案内書きに拠れば大浴場は夜十時まで開いているとのことで、寝る前にもう一度一風呂浴びることにした。
数時間前に替えたばかりの下着を着替えることもなかろうと部屋の鍵だけを手に部屋を出ようとして、折角なら風呂上がりにもう一杯飲みたいと思い付く。フロントに内線を入れ、風呂の閉まる十時前に部屋へビールとツマミを届けてくれと伝えて部屋を出た。
大浴場へ着くと身体の汗を簡単に流して湯に浸かる。広い風呂というのはどうしてこうも気持ちの好いものか。
同じように風呂に浸かっている客達も、私と同様、時限ギリギリまで風呂を楽しもうとしているのだろう、皆時折壁に掛けられた時計へ視線を向ける。
着替えて部屋へ戻る時間を見て、十時五分前に湯船を出、手拭いで湯雫を拭いて脱衣所へ戻り、浴衣を着て廊下に出る。
階段を上って廊下へ折れると直ぐの角部屋が私の部屋だ。腕時計を見れば十時二分前、もう少し長湯してもよかったかと思いながら錠を外して部屋に入り、後ろ手に鍵を閉める。
廊下履きのスリッパを脱いで上がり框に脚を上げると同時に、ガチャと錠の外れる音がしてノブが回される。不意のことに背筋に悪寒が走り、思わず恐慌の声を声が喉を突いて出る。
振り返ると遠慮勝ちにゆっくりと開けられた扉からまだ若い仲居さんが首を傾げながらこちらを見上げ、
「驚かせてしまったようで申し訳ありません、既にお戻りとは思いませんでして……」
と、彼女はビールとツマミを載せた盆を小さくこちらへ差し出して申し訳無さそうな顔をするのだった。
そんな夢を見た。
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