第五百六夜

 

帰宅の電車に揺られながら、疲れ目を癒やすべく目を閉じて手三里のツボを押していると、近くに座った学ラン姿の二人の、ちょうど声変わりの時期らしい声が耳に入ってきた。
「お前、いつもそれ食ってるよな」
「一ついる?」
「あ、ありがと」。

何のことかと気になり薄目を開けてそちらを見ると、プラスチック・ケースに入ったミント・タブレットの話らしい。再び目を閉じて指の爪の脇のツボを押しながら、二人の会話を聞く。
「で、何でいつもそれなの?」
「うーん、何でって言われてもなぁ」
「そのシリーズでも別の味とかあるじゃん。その味じゃなきゃダメとか、拘りがあったりしないの?」
「えっと、ここだけの話だけどな……」。
その言葉に続き、カシャカシャと音がする。少年がケースを振ったのだろう。
「実はこれ、四月からずっと買ってないんだ」
「え?懸賞か何かで大量に貰ったとか?」
「いや、ずっとこの一箱だけ。行き帰りの電車の中で必ず一粒は食べてるんだけど、何故か無くならないんよ」
「マジで?スゲェなそれ。どっかで蛇を助けたりしたん?それとも川で拾ったとか?」
「いや、そんなことないと思うけど、なにそれ、突然蛇って」
「昔話によくあるじゃん。酒とか酢とかが無限に出てくる壺とか、中身が減らずに掬える柄杓とか。で、壺の中身を覗いたら白蛇が出てきて、もう酒が出て来なくなる、みたいな話。え、知らない?」
「知らん知らん」。

その後、祖父母の実家が何処だとか、昔話くらい聞く機会がなかったかと言い合う二人の声に次の駅を案内するアナウンスが被さって聞こえ、目を開けて席を立つ準備に取り掛かった。

そんな夢を見た。