第五夜

目の前に、一本の蝋燭が炎を掲げている。五寸ほどの、すらりと腰のくびれた蝋燭に、つい今しがた自分で火を灯したものらしい。

炎の周りだけが円くぼんやりと橙色に眩き、その外は真の闇。そこには胡座をかいた膝に手を置いて背筋を丸めながら坐る私と燭台の他には誰もおらず何も無いようで、空気は炎の熱が仄かに頬を温めるのを悟れる程度に冷たく、動くもののない空間独特の堅さを湛えている。

炎はただ静かに揺れながら一筋の暗い煤を上へ送り出し、煤は真直ぐに昇ったかと思うと小さく弧を描いて拡散し、闇に飲まれてゆく。

火に熱された空気が上へと昇るために、周囲の空気が炎に酸素を送り込む。

火に熱された蝋が融け、気化してまた燃えて熱と煤になり、炎となって上へ上へと昇ってゆく。

炎の起こしたその僅かな空気の揺らぎが炎自身を揺らしている。

よく出来たものだと眺めているうち、随分と、最も細くくびれた部分から一寸ほどのところだから七分目といったところだろうか、蝋燭が短くなっているのに気が付いて、尻からつむじへ寒気が走り、炎の橙色の外の闇が濃くなった。
――いや、気の所為だろう。

灯というのは不思議なもので、夜の山の暗闇であっても月明かりさえあれば道と藪とくらい、己の足と地べたとくらいなら見分けが付くものなのだが、そこへ火を灯すと景色は一変する。灯の照らす範囲を限りに、その外は一切が真の闇となる。道の脇を照らせば道と藪との境、足元を照らせば足と地べたとの境の他は、一切が墨で塗り込めたように闇になる。

膝に置いた手を組んでみると、どうやら私の胸と腕とは未だ胸と腕とのままらしい。

と、炎がゆらり、大きく揺れて橙色の円が大きく明るくなり、直ぐに元の通り小さく静かに揺れるだけになって、そして闇が濃くなった。

一度きりである。
――腕を組んだ折に袖口が風でも起こしたか。

そう考える頭の端で、違和感が湧く。炎が揺らいで明るくなったとき、今は暗い闇の中、一瞬だけ照らされたその闇の中に、何かが見えたのではなかったか。それが何かということどころか、何かを見たのか見なかったのかさえわからなかった。

闇に漆のような艶が加わった。

蝋燭はもう半ばは過ぎただろうか、いつの間にかずんぐりと短く、縁から垂れて冷え固まった蝋が幾重にか重なり木の瘤のような塊を作っている。

気の所為か、炎の揺らぎが大きくなってきたようだ。
――瘤のせいで昇ってくる空気の流れが乱れてきたのだろう。

そう考える私の目には、揺らめく炎に合わせて、ぬめりとした闇が踊って見える。
――ちらちらと灯の揺れるために、闇に艶のあるように見えるのだ。

艶やかな闇は何よりも、黒々とした瞳を連想させた。たとえ橙色の円の外に何者かが目を光らせていても、きっとこの艶やかな闇に黒々と塗り込められ、その艶と区別が付かずに見落としてしまうだろう。

一面漆で塗りつぶしたような闇の中で、灯はひどく貴重なものに思えてくる。このまま燃え尽きさせてしまって良いものだろうか。いっそ、燃え尽きる前に消してしまおうか。一つ、大きく息を吹けば済む。ほら、もう蝋燭は一寸しか残っていない。

焦燥感に脂汗をかきながら、何故今まで気にならなかったのか、至極真っ当な疑問が湧いた。
――誰が、何故、この蝋燭を灯しているのか。

本当に、私が灯したのだろうか。背後と云わず部屋の隅と云わず、そこかしこに何者かがいて、私を見張るためにこの灯を灯しているような気さえしてくる。そんな子供染みた想像をして自嘲しながら、もうこんな遊びは止めにしようと、一息に吹き消すための空気を肺に吸い込んだ瞬間、背後から左の耳を掠めてふうと吐かれた息が短くなった蝋燭の炎を強く吹き払って消したので、辺りは全くの闇となった。

そんな夢を見た。

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