第四百七十二夜
高校から帰宅して玄関の引き戸を開けると、どこかからチリチリと、とぎれとぎれに何かの金属音が聞こえた。
不審に思いつつも靴を脱ぎ、玄関のすぐ脇の階段で自室のある二階へ上ると、それは弟の部屋の戸の向こうから聞こえてくるらしい。戸に高音が遮られてわかり難かったが、どうやらギターでも弾いているらしい。
部屋に荷物を置いて制服を着替える間も、その音は壁の向こうから低音を中心に漏れ聞こえている。机の上に課題を並べるだけ並べ、勉強のお供にお茶とお煎餅でも取りにと階下の居間へ向かう。
戻ってきて弟の部屋の戸を叩き、課題を済ませてしまいたいから暫く音を出さないでくれと扉越しに声を掛けると、肩にぴかぴかのエレキギターを掛けた弟が戸を開けながらヘッド・フォンをずらして何用かと問う。
随分と値の張りそうなそれを見て思わず本題を忘れ、誰かから借りてきたのかと問うと、
「いや、蔵にあったから借りてきた」
と言う。
――蔵?何処の?
彼の言葉を理解出来ずに固まっている私に向け、
「ギターケースに一式揃っててさ。弦の包みなんか染みだらけで古そうなのに、伸びたり錆びたりしてないし……」
と嬉しそうに語る彼に、蔵とは何処の蔵かと問う。確かにうちには旧街道の栄えた昔の名残の蔵が一つある。あるにはあるが、もう碌なものは無く、それでも事情を知らぬ不届き者が盗みに入るのも嫌で、戸は太い鎖と錠で閉ざされて、開け方は父しか知らないはずである。
学校から帰ったら開いていたというので窓から蔵を見下ろすが、所々赤錆びた鎖はしっかりと、扉の取っ手に絡みついている。
まさか何処かから盗んできたのではないかと声を尖らせる私に、彼は否定の言葉を発しながらギター・ケースを差し出して、
「ほら、ここ」
と示す。そこにはなるほど父の名前が、ちょっと気取った筆跡で記されていた。
そんな夢を見た。
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