第四十五夜

事務所で机に向かいカタカタとキィ・ボードを打っていると、「こんにちはー」と語尾の間延びした大声とともに長い茶髪の女性が入ってくる。

仕事上の知り合いで、まだ若いのにこれでもかと派手な服装と化粧をしていることも含め、視覚的にも聴覚的にも「五月蝿い」という印象が実に勿体無い。以前、服装と化粧と発声方法をもっと素朴にすれば人当たりが良くなるだろうと余計なことを言って、私のために化粧をしているわけではないと叱られた覚えがある。
「ほら、見て下さい」
と大声とともに彼女が差し出したのは、浴衣を着た二人の女声がしゃがみ込み、片手に火の粉を吹き出す花火を持ちながらカメラ目線でピースサインをしている写真だった。紺の地に朝顔の浴衣を着て左手に写っているのが彼女らしい。相変わらずの茶髪に色とりどりの付け爪が浴衣と全く似合っていないが、わざわざ事を荒らげることもあるまいと、
「よく撮れているね」
と特に意味のない社交辞令を述べる私に、彼女はそうではないもっとよく見ろと、何故か自信有りげな笑みを湛えながら踏ん反り返る。その言葉に漸くピンときて、私は写真を左上から右下まで、スキャナが画像を読み込むようにじっくりと写真を精査する。

彼女は私に心霊写真めいたものを持って来ては私に例の存在を認めろと迫る習性を持っていて、二ヶ月に一度程度はこうして仕事もないのに私の前に顔を出す。彼女の試みはこれまでのところ一度も成果を挙げておらず、毎度私がカラクリを説明しては彼女が頬を膨らませて帰るのである。
「特に、何も」

背景に植え込みと背の高い木の陰が、紫紺に暮れた空を背景に黒々と写っている。どこかの公園だろうが、花火には少々早い時間に見える。向かって右に白地に朱い金魚の泳ぐ浴衣の女性、左に先程述べた通りの彼女が膝を擦るほど寄り添ってしゃがみ込んでいる。二人の手には手前に向けて色とりどりの火花を散らす花火が握られている。細かなところまで注意深く見たつもりだが、奇妙なところは特に無い、ごくありふれた夏の夕暮れのスナップ写真である。

が、私の言葉を聞いた彼女はやれやれと芝居がかった仕方で首を振り、写真の左側を指し、
「ほら、私の肩の左。気味の悪い青白い顔が、ホラ……」
と震えた声を出す。派手な装飾の施された爪の示す辺りを見ると、ムンクの『叫び』で耳を塞いでいる人物の顔をさらに上下に引き伸ばしたような、三つの暗い楕円を取り囲む青白い楕円が見える。が、「ちょっと」と言って彼女の指をどけさせると、「顔」の顎のあたりから薄っすらと下へ青白い帯が伸びているのが分かる。光の反射具合が「顔」に比べて弱く、見辛いのは確かである。が、明らかに花火の上げる煙がフラッシュの白い光をうまく反射してできただけの代物である。

そういうカラクリを丁寧に説明してやるうちに、彼女の頬が膨んでその持ち主が不機嫌であると主張し始めたため、煙が顔のような形になった瞬間に写真を撮影したのがただの偶然ではなく、
「何らかの霊的なものが働いたためだという可能性は否定できないけどね」
と慰めると彼女はいつもより一オクターブ高い声で、
「漸く霊の存在を認めるんですね」
と、ふんぞり返る。

だからといって何の証明にもなっていないのだけれどと言おうとして、余計なことであると思い留まる。

そんな夢を見た。