第四百四十五夜

 

就職を機に一人暮らしを始めて最初の休日、朝から近所の量販店へ出掛けた。自分なりに調べて準備万端、必要な家具や日用品を整えたつもりが、ほんの数日であれもこれもと足りないものに気付かされての買い物だった。

メモに記したものの半分ほどで買い物袋が一杯になって一度帰宅し、また買い物に出て、今は本日二度目の家路である。

ふと、先程の大家さんの言葉を思い出し、コンビニエンス・ストアに立ち寄って棚を物色する。確かに、何処のコンビニでも見かけるそれがない。

一度目の帰宅の際のことである。黄砂か花粉かで少々目が痒いものの、うららかな春の陽を浴びながらの散歩はそれなりに気持ちが良かった。こんな日には地元の町の裏路地では、陽当りの良いあちらこちらに目を細めた猫が香箱を作っていたものだ。

車通りの少ない道に入り、生け垣やら駐車場のアスファルトの割れ目やらに咲く花を眺めながら歩いた。そのうちに猫の一匹でも見つかるだろうかときょろきょろしながら歩き、結局ただの一匹にも出会うこと無くアパートに辿り着いてしまった。

少々残念に思いながら階段を登ると、大家さんが共用部分の掃除をなさっているのに出くわした。
「あらあら、随分大荷物ね」
と声を掛けられ、一人暮らしはどう?もう慣れた?直ぐに慣れるわよとよくある形式的なやり取りをし、
「では」
と別れの挨拶をしようとして思い立った。
「この辺りに、野良猫のいるところってご存知ですか?」。

彼女はここの他にも幾つかのアパートを持っているそうだし、地元で顔も広いらしいから、そういう事情に詳しいのではないだろうかと推測しての質問だったが、
「ああ、そうねぇ。この辺ではね、誰も猫を飼わないし、野良猫もいないのよ」
と、意外な答えが返ってきた。

彼女がそのお喋りの好きそうな顔に違わず、掃除の手を止めて熱心に語るところによると、数年前にこの駅周辺で小動物の変死体が相次いで、かなり長期に渡って見付かる事件が起きたのだそうだ。

それまではコンビニの周囲に餌をねだりに来る野良もそこかしこに居たのだが、不特定多数の人間に餌を貰うので警戒心が薄いのか真っ先に狙われて、以来どこのコンビニも猫の餌を置かなくなった。

それで野良はめっきり居なくなったし、うっかり逃げ出した猫が被害に遭ってはと、新しく猫を飼い始める人も殆どいない。
「じゃあ、犯人は捕まってないんですか?」
と尋ねると、
「一人は捕まったはずなんだけどね、そいつが捕まってる間にも何件も事件が起きて、そっちはどうしても捕まらなくて。だからうちのコンビニもずっと、猫の餌を置けないのよ」
と言うと、彼女はじっと足元を見つめた。

そんな夢を見た。