第四百四十夜

 

大きな浴槽にたっぷり張られた熱い湯に肩まで体を沈めると、冷え切った手足の末端へ湯の熱がじんじんと染み込んでくるようで、自然と溜息が出た。生き返るとはこのことか。そんな言葉に同僚から、まだ若いのに爺臭いと誂われて苦笑いを返す。

春の長雨と春の嵐との間の子のように強く長く続いた雨に勤務先の近所の川が増水し、幹線道路が泥で溢れた。幸い我が社に泥水の直接の被害は無かったが、道路が止まっては仕事にならない。社長が音頭を取って、特別手当を出すから男手は近所の片付けの手伝いに出ろと言い、あちこち手伝って回った。駅前こそ開発が進んでアスファルトの道とコンクリートのビルだらけになっているが、少し離れるとまだまだ雑木林の残る丘や公園の残された土地柄か、流れてきたのは泥や枯れ葉、枯れ枝が主でペットボトルのようなゴミは余り見られず、何だか少し安心した。

社長以下全員がすっかり泥に塗れた終業間際、
「話を付けといたから、このまま行くぞ」
と、ワゴンでスーパー銭湯に連れて来られ、玄関で下着姿にされてホースの水を浴びせられて今に至る。回収された衣服は銭湯が洗濯・乾燥をしてくれるので、それを待つ間に風呂に入り中で夕飯を食えとのことだった。忘年会だの新年会だのと面倒な社長だが、こういう気配りで人を引っ張ってきたのだろう。

さて、そろそろ身体も温まり、のぼせる前に上がろうかと思ったところ、私の隣で盛大に湯飛沫が上がって頭からそれを被らされた。躾の悪い子供が湯船に飛び込みでもしたかと顔に掛かった湯を拭いながらそちらを見ると、丸く太った中年の男性が、芸をするラッコのようにくるくると湯の中で回っている。その実に愉快そうな笑顔に毒気を抜かれ、何も言わずに湯船を出て脱衣場に戻る。

脱衣場の手前で手拭いを広げ身体の水気を拭っていると、後を付いてきた後輩が、
「さっきの変なおじさん、見ましたか?」
と尋ねる。実に愉快そうで羨ましいと答えると、
「いや、そうじゃなくて、単に病気なのかも知れないんですけれど……」
おじさんのくるくると回る姿を呆気にとられながら眺めていた彼は、その睾丸の異様に大きいのに気付いたのだという。
「あれ、ひょっとしたら裏山の狸が化けているんじゃないですかね。泥の片付けを手伝ってくれたついでにワゴンに乗り込んで付いて来て、初めて見るジェット・バスに浮かれてるとか……」
という彼の可愛らしい妄想に苦笑しながら脱衣場へ戻った。

そんな夢を見た。