第四百二十三夜

 

早朝、自転車に乗って川沿いの道に出ると、周囲から一段下がった川に向かって滑り降りてくる冷気が溜まるのだろう、一段と冷たい空気が制服の袖や襟元から吹き込んで来た。

疫病騒ぎで体育館での体育や部活動が禁止になり、運動不足の解消にと電車に乗るのを止めて始めた自転車通学にももう随分慣れたものだ。

人の疎らな早朝の川岸を快調に飛ばしていると、前方に見える大きな橋の袂の河原に幾人かの人集りができている。暫くまとまった雨雪が降っていないために川の流れは細くなり、今は乾いた石の河原が広がっている。大雨が降れば増水して川の一部となるそこに、この一年ほとんど毎日のようにこの道を走り続けて、人の居るのを見たのは初めてだ。

自転車その他のトラブルに備えて、登校時間まではかなり余裕を持って家を出ていることもあり、好奇心を満たすべく速度を落として近付いてみると、彼等に話を聞くまでもなく、彼等の底にいる理由が見える。川へ注ぐ大きな下水の口の下に、真っ赤な水が溜まり、それが川の本流にまで染み出してその一端を赤く染め上げている。これもこの一年で初めて見る光景で、染料か何かの流されたものだろうとは思うが、その余り鮮やかで不自然な赤色はいささか気味が悪い。

そのまま通り過ぎようとも思ったが、気の良さそうなご老人と目が合ったために自転車を停め、ご挨拶をして二言三言、言葉を交わす。ご老人は毎朝犬の散歩を三十年は続けていて、それでも初めて見る光景だそうで、
「何か良くないことの兆しだったりしなければいいのだが」
と、退屈そうにお座りをしたまま主人の顔を見上げる柴犬を撫でながら、冗談めかして笑う。

疫病騒ぎに幾つもの流星や隕石騒ぎ、欧米で相次ぐ政治家や宗教指導者の引退、辞任。ご老人と別れ、学校に向かって自転車を漕ぎながら、何かぼんやりとした寒気が胸につかえて取れなかった。

そんな夢を見た。

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