第四百十九夜

 

正月だからといって特にすることもなく、かといって出掛けるのも憚られ、本棚に並んだ本を適当に手に取っては目を通して過ごしている。
元々目の早い質で、しかも一度は読んだことのある本ばかりだから、中々時間が稼げない。そうして本棚とソファ・ベッドを何往復かして、本と本との間に細長い封筒を見付けた。
何かと思う間もなく思い出す。人間の脳とは不思議なものだ。
去年、いや一昨年の盆の時期に、学生時代の友人三人と連れ立って旧跡を訪ねた際、デジタル・カメラの充電が切れて急遽購入したレンズ付きフィルム、いわゆる使い捨てカメラの写真を現像したものだ。いつか現像したものを見せ、要望があれば焼き増しをして渡すつもりでいたのだが、疫病騒ぎでそれどころでなくなって、すっかりほったらかしになっていた。
一冊の本と共にソファ・ベッドへ持ち帰り、どんな写真があったかと開けて眺める。秋晴れの空を背景に紅葉と城、そして友人達の写真。流石に一眼レフには敵わない、味気ない写真だが、当時の記憶を呼び起こすには十分だ。
一枚一枚をしみじみと眺めながら、テーブルに置いた酒をちびちびと舐める。現地で急遽買ったのは二十七枚撮りだったかと、そんなことまで思い出しながら写真をめくっていると、一枚の写真に違和感を憶える。
何が引っ掛かったかといえば、多分それは撮った記憶が無かったことだろうか。友人達はそれほど写真に興味が無く、一方で私が学生時代からそれなりの値段のカメラに手を出していることを知っているから、写真を撮るのは一切が私の役割で、この使い捨てカメラでさえ彼らは手に取ろうとしなかった。現地で行き摺りの誰かに撮影を頼んだ覚えもない。
いやこの写真には、もし誰かに頼んだのなら余計に奇妙な光景が写っている。まず、友人達がてんでばらばらに、崖の下に広がる紅葉を眺めていて、とても集合写真を取ろうという風には見えない。かといって私が撮ったのでもないことは明白で、画面の中央付近に友人と並んで、私の後ろ姿がはっきりと写っている。
そして何より奇妙なことに、私の手にはそのとき一つ買ったきりのはず、つまりこの写真を撮したはずの使い捨てカメラが、しっかりと握られているのだった。
そんな夢を見た。

No responses yet

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

最近の投稿
アーカイブ